昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

定価以上ならたまごっちは手に入る

 当時は締め付けもゆるくA氏のような稼ぎ方をした"レジェンド転売ヤー"が何人もいたという。

 一方でA氏のようなコネクションがなくても、現在に近い方法でたまごっちを転売して成功を収めた転売ヤーもいる。B氏は、誰にでもできる方法たまごっちの沼に足を踏み入れていった

「僕の場合は、営業先の社長に『たまごっちを手に入れて欲しい』と言われたのがきっかけ。当時はまだ珍しかったネットカフェのPCでたまごっちを探していたら、掲示板に『たまごっちあります。〇個〇円』という書き込みを発見し、連絡して直接会い、定価以上の価格で購入しました。ここで、定価以上ならたまごっちは手に入るということに気付きました」(B氏)

 そこからB氏は今でいう"せどり"(安く買って高く売り、中抜きする手法)のような方法でたまごっちの転売を始める。

「たとえば5000円で売る人を見つけたら、7000円で買うという人を探す。つまり、より高く売れる相手を見つけてから買うんです。取引を続けるうちに僕が『たまごっちを持っている人』として有名になっていき、玩具屋や卸業者、パチンコ店のような大口の顧客が増えていきました」(B氏)

業者はなぜ横流しをしていたのか?

 何の伝手もないB氏は、最初はネットで個人からたまごっちを仕入れていたが、徐々に玩具業者や卸業者からも仕入れるようになっていった。彼らは、店頭に出せば一瞬で売れるたまごっちをなぜ自分で売らず、裏で横流ししていたのだろうか。

「当時たまごっちはあまりにも人気だったので、メーカーが抱き合わせでジグゾーパズルなどの仕入れを条件にして、たまごっちを卸すケースが多かった。すると、たまごっちは売れてもジグゾーパズルの在庫を抱えてしまう。

 それでも『たまごっちが入荷した』と話題を作ることでお客さんを呼びたい玩具屋が、100個仕入れたうちの50個を店に並べ、残りの50個を高額で横流しする現象が起きました」(B氏)

初代たまごっち

 たまごっちブームのピークだった1996年には、最も人気が高かった白のたまごっちは末端価格7、8万円を超えていたという。最も人気が低かった色は2万円を切っていたが、店頭ではどちらも定価の2000円前後で売らざるをえない。玩具屋にしてみれば、高値で売れる白を横流しして、人気のない色を店頭で売るのが合理的だ。結果として定価で販売される数はどんどん減り、裏で値段が高騰していった。