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「これ、私の主人なんです」
「奥さん、気を確かに持ってください。いま、御主人が亡くなりました。10時02分に亡くなられました」
そう告げられたという。
しかし、涙は出なかった。朝、元気に出ていったばかりの印象が残っていたからだった。
身重の妻は、家を出る。駅のタクシー乗り場には事件の混乱から100人近くが並んでいる。そこで、すぐ近くのタクシー会社に向かう。出払っていて車はない。呼んでも20分はかかる。しかし、事件に巻き込まれて主人が亡くなった事実を告げると、職員は事務所を飛び出して、踏切で停車中のタクシーを捕まえてくれた。合図して呼んでくるというのに、身重であることも忘れて、妻は一目散に車に走った。
その車に乗り込んで、指定された警察署に向かった。その時、ラジオから主人の名前と住所を読み上げる声が聴こえてきた。なぜかわからなかった。とっさにドライバーに「これ、私の主人なんです」と零していた。驚いたドライバーは「ラジオ、消しましょうか。誤報かも知れない」と言ったが、つけておいてくれるように頼んだ。
警察についても、すぐには主人に会えなかった。検死で2時間ほど待たされて、1階の片隅の霊安室で、ベッドに横たわり、白い布を被せられた主人と再会する。
「安らかな顔で、耳と鼻から出血の痕がありました。口には強く咬んだかさぶたのような痕が残っていました」
一度に涙が溢れてきた。
「どうして死んじゃったの、私をおいて、子どもをおいて、どうして死んじゃったの、そう言っていました。殺されたことより、死んだことがショックでした」