「私は嘘をつくんです」
「私はいま、娘を育てています。親になりました。親になってはじめて、子の大切さを知りました。でも、外に出ると『御主人は』とその度によく聞かれます。私は、死んでしまいました、とどうしても言えないんです。私のまわりに、この子のまわりに、死んでしまった人はない。私は嘘をつくんです。『いま、会社に行っているの』と答えます。それがとても辛いんです。いない人の嘘をつくからです。そんな私を見て、子どもも不思議な顔をするんです」
そして、被告人席でやはり目を閉じたままの土谷に向かって言葉を投げる。
「あなたは、誰に愛されましたか? こっちを見てください。私を見てください。あなたは、誰に育てられたのですか? 両親じゃないんですか? 私の娘は、父親の顔も姿も知らないんです。そういう不幸な人を、あなたはたくさん生んだんです。あなたは両親に愛されたのではないのですか? 決して麻原ではないはずです。もう一度、小さい頃のことを思い出して、どうせ死刑になるなら、全てを話してから、あの世へ行ってください」
強い母親の一言だった。
さすがにこの言葉には、弁護人も黙っていられなかったようだ。それまで、反対尋問をしてこなかった土谷の弁護人は、この時ばかりは立ち上がって、こう尋ねた。
「あなたは、いま、被告人へ死刑を望んだ。そう言いましたね」
はい、と答える母。すると、弁護人はこう続けた。
「死刑になったら、被告人の親も悲しむ。それは仕方ないことなのですか!」
母親は落ち着いていた。そして、こう言い返した。
「私の娘がそういうことをしたら、死刑になるべきだと思います」
弁護人に返す言葉はなかった。