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「高校の修学旅行、バスの中でえぐえぐ泣いていた」 新芥川賞作家が“小説を書いていこう”と決めた瞬間

『推し、燃ゆ』芥川賞受賞インタビュー

2021/01/22
note

生きるうえでの難しさを、これからも書いていく

推し、燃ゆ

「受賞などで評価していただいたときもうれしいですが、自分としては、納得のいくものが書けたという手応えを得た瞬間に、感極まるものがあります。1作目の『かか』でいえば、2シーンぐらいあって。最後の一文が決まったときと、ストーリー半ばの、電車の隣にいる人がいなくなったらという場面を思いついたときです。

 めったにやって来なくて、せいぜい1作品に1シーンずつぐらいなんですが、その瞬間は『これだ、ああ、やったー!』って、PCの画面に向かって書きながら泣くことがあります。

 これからは作品の全文を通して、そういう手応えを感じられるようにしていかなくてはいけないんですけどね」

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 寝起きするだけでシーツに皺が寄るように、生きているだけで皺寄せがくる。(『推し、燃ゆ』)

 最低限を成し遂げるために力を振り絞っても足りたことはなかった。いつも、最低限に達する前に意思と肉体が途切れる。(『推し、燃ゆ』)

 何かを熱狂的に愛し、はまり込んでいく人物が小説に描かれることは数多い。けれど、「推す」という行為そのものに迫ろうとした作品はついぞ知らない。改めて、受賞作『推し、燃ゆ』で「推し」をテーマに据えたのはなぜだったのか。

「そうですね。今って他律的な生き方がかなり強く否定されるじゃないですか。『自分の足で歩け』『前を向いて生きろ』というメッセージのほうが圧倒的にたくさん流通している。

受賞会見で、直木賞を受賞した西條奈加さん(左)と 提供:日本文学振興会

 でも、自分の力だけで人生を歩んでいくのがどうしても難しいことがあると思うんです。私にもそういう時期があって、ただ生きているだけで精いっぱいという人に、それは冷たいんじゃないか、という思いはずっと心の底にありました。

 生きづらさみたいなものを抱え込んで、動けなくなっているときに、たとえば『推し』を頼りに他律的に生きることはアリじゃないのか。『そんなのただの趣味でしょ? 依存じゃないの?』と切り捨てるわけにはいかない現実は至るところにあって、それを描きたいと思っていました」