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「家族の中で私だけがハズレなのです」 中国人“毒婦”が経験した貧困の実態とは

『中国人「毒婦」の告白』#25

2021/02/04
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 2006年、“中国人妻の夫殺人未遂事件”が世間を騒がせた。お見合いツアーを経て結婚した中国人妻の鈴木詩織と、親子ほども年の離れた夫、鈴木茂。その詩織がインスリン製剤を大量投与するなどして、茂が植物状態に陥ったのだ。夫の目を盗んで性風俗で働いていたことや、1000万円で整形した等との噂も影響して、センセーショナルな報道が相次いだ。そんな中、事件記者として取材を進めていた、田村建雄氏は、獄中の詩織から300ページに及ぶ手記を託される。取材の様子を『中国人「毒婦」の告白』から抜粋して紹介する。(全2回中の1回目。後編を読む)

◆◆◆

 M市は人口数万の地方都市で、詩織がここの市街に両親と共に引っ越してきたのは小学校高学年の頃、それから来日時まで住んでいたようだが、一族は、その後、再び他に移り、今は詩織一族を知る者は誰もいないという。

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中国では都市戸籍がない限り、街の最下層

 その辺の事情を馬はこう説明する。

「中国の農村地帯の中では黒龍江省はまだ比較的裕福な方といわれています。しかし、それもほんの一部の地域です。奥地に入れば入るほどとても大変です。特別のことがない限り、農業だけでは一家が食べていくことはできません。だから誰かが都会に出稼ぎに行くことになります。もし、皆が働けるなら、一族打ち揃って村を棄てることだってあります。その方が合理的ですから。とはいえ、中国では都市戸籍がない限り、いくらその街で長く働いても、所詮、出稼ぎ、よそ者です。賃金だって街の最下層に置かれ、差別を受け続けます。だから、条件の良い所があるといえば、また一族で移動します。全て農村の貧困が原因ですが、珍しいことではありません。詩織さんの一族も、そうした境遇の家の一つなのかもしれません」

©iStock.com

 私は、詩織が、最初は故郷の村の名を私に告げるのを、頑なに拒んだ理由がぼんやりと分かったような気がした。それでも、重ねて尋ねた私にしぶしぶ教えた後、“絶対に雑誌などで書かないで”と懇願したものだ。ここで私が町や村の名をイニシャルや仮名にしているのは、そうした理由による。しかし生まれ故郷すら他人に告げられない、中国農村社会の人々が背負った、貧困とは別の重い枷に、私は黙然とするしかない。

 ともあれ、詩織が生まれた村は、M市からさらに山を越えた100キロ先の、林口県鳥羽口(仮名)という町の近辺と聞いている。さらに、そこを目指す。

 高速道路を降りると、あっというまに未舗装悪路に突入する。砂埃が舞い、いたるところに大きな穴が開いている。