すれ違うのは車ではなく牛車
ハルピンで通訳の仕事をしている馬にとっても、この辺に来るのは初めてで、もはやこの先は未知の世界、時間も土地柄もまったく読めないという。
私たちの車は、砂塵の中を、のろのろと進んだ。いたるところで道路工事をしている。ごく当たり前にブルドーザーなどで工事を進める部分もあるが、時には工事する男女がブレザーやロングスカート姿のままシャベルで黙々と砂利を動かすという珍妙な光景にも出くわす。
少し広がりのある所には小さな集落があったりする。家々は日乾し煉瓦で造られた簡素なもので、そうした道路脇には農夫や目つきの鋭い若い女が所在なげにたたずんでいた。
農家で飼っているのだろうか、時折、数羽の鶏が車の前を横切ったり、犬がウロウロしたりする。
すれ違うのは車ではなく牛車が多い。この近辺では、今でも、人の移動や農作物の運搬には牛車や馬車が主役を演じているようだ。道路沿いのあぜ道のようなところでは、羊の群れを犬と一緒に追い立てる農夫もいた。そうした村が途切れると、また、山また山だ。
馬も、果たして目的地の方向に進んでいるのかどうか確信が持てない様で、新しい集落に入る度に、出会った農夫に声をかけては道を確かめていた。そしてこう言う。
「田村先生、我々はラッキーなようです。一昨日、この近辺は大雨が降り、道路はドロドロの濁流になっていたそうです。そうなっていたら、こんな乗用車タイプの車ではとても走れませんでした」
西部劇に出てくるような街
山あいの道を1時間半位走った頃だろうか。車は比較的大きな村に出た。地名を記した大きな門をくぐると、集会場と思われる建物前の広場に大勢の子どもや大人がたむろしていた。
ここでも道を確かめようと車を止めると、彼らは一斉に車の周りに寄ってきた。子どもたちは若干スモークのかかった車の窓ガラスに、鼻がペシャンコになるほど顔を押しつけ、好奇の目で私たちを見詰めている。大人たちは何か大声でがやがや話しあっている。
馬が助手席の窓を開けて道を聞き、「謝々」と車を出発させると、数人の子どもたちが、せっかく見つけた怪獣を逃すまいとするかのように、必死で追いかけてきた。彼らが豆粒のようになってから馬がポツリという。
「こんな黒塗りの乗用車などめったに村にはやってこないようです」