2006年、“中国人妻の夫殺人未遂事件”が世間を騒がせた。お見合いツアーを経て結婚した中国人妻の鈴木詩織と、親子ほども年の離れた夫、鈴木茂。その詩織がインスリン製剤を大量投与するなどして、茂が植物状態に陥ったのだ。夫の目を盗んで性風俗で働いていたことや、1000万円で整形した等との噂も影響して、センセーショナルな報道が相次いだ。そんな中、事件記者として取材を進めていた、田村建雄氏は、獄中の詩織から300ページに及ぶ手記を託される。取材の様子を『中国人「毒婦」の告白』から抜粋して紹介する。(全2回中の2回目。前編を読む)

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悪夢のはじまり

 不思議なことに帰りの道は、相変わらずの砂塵の道にもかかわらず、一度来た道ということもあってか、方正県の高速道に出るまでさほど労苦には思わなかった。それでも、やはり2時間ほどはかかった。

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「田村先生、いま午後6時少し前ですから、ここまでくれば、何さんが待っている五常には午後8時ぐらいに着けると思いますよ」

 馬は晴れやかな顔でそういう。

 五常はハルピンから約100キロほど南東にある人口100万人ほどの市だ。行政的にはハルピン市の行政管轄に入る。詩織の義兄の何はそこで待っているという。

 車は、方正で一度、高速道路に乗ったが、20キロほど走ると一般道へ降りた。馬が説明する。

「地図で見ると、この道を斜め南西にいくと、そこが五常です。高速道でハルピンに戻り、それから南に五常までいくより時間は半分ですむ筈ですよ」

 しかし、これが悪夢のはじまりだった。

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 地図では、ごくごく普通の一般道とみられたが、走り出してみると、方正から林口県の鳥羽口に行くよりも数十倍ひどい、すさまじい道路だった。なにがひどいかというと、確かに道路の幅員は4~5メートルあり、しかも簡易舗装してある。だが、その簡易舗装が剝がれ、放置されたままなので、直径15センチ、深さ7、8センチほどの穴がいたるところに口を開けているのだ。下手に落輪すると、タイヤが穴の鋭角な部分に引っかかりパンクする恐れすらある。従って、ゆっくりじっくり進むしかない。運転手が唸る。

 そうはいっても、この穴は一時的部分的なもので、少し走ればなくなるだろうと私たちは考えた。だが、これがなくならない。