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義兄だと噓をついているのか

 私は、この時間だから開いている店ならどこでもいいと言った。すると義兄がこう反論する。

「田村先生とは、いろいろ複雑な話もしなければならないし、お金のやりとりもある。だから個室を探さねばならない。つい先日も、普通の酒場で金のやりとりをしていた人たちが店を出てからまもなく強盗にやられた。だから個室を探す」

 9月の五常市は、昼間は暑いが夜中は少し肌寒い。あと1ヶ月もすれば夜は零度近くまで冷え込むという。

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 やっと、いわゆる郷土料理店らしきところに個室が見つかった。私は詩織から預かってきたお金を義兄に渡さなければならないが、現れた彼を、まだ完全に義兄と認定したわけではない。

 だから、こう切り出した。

「疑うわけではないが義兄の何さんだという証明が欲しい」

 すると何は、自分の身分証明書らしきものと詩織からの手紙を見せた。私はとりあえず、成田空港で購入した子どもたちへのお土産、寿司形の消しゴムを渡す。何はにっこりして「シェーシェー」と私の手を強く握った。

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 そこで私は尋ねた。

「子どもたちとは明日にでも会えるか」

 すると何は、馬に何事かを懸命に説明し始めた。その間、私と運転手は、日本の肉じゃがのような、芋を煮付けた、この地方独特だという田舎料理をがつがつと食っていた。なにしろ悪路に悩まされ時間に追われて昼食も食べていなかったのだ。

 馬が話を聞き終えて、私に説明する。

 詩織の子どもたちも義兄の何の子どもたちも、この五常市には住んでいないので、会うことは出来ない、という。

 義兄と連絡が取れさえすれば、詩織の子どもたちと直ぐ会えると考えていた私は、一寸啞然とした。

「エー、どうして?何故あなたは子どもたちと一緒ではないのか?義兄だと噓をついているのか」

中国人「毒婦」の告白

田村 建雄

文藝春秋

2011年4月20日 発売