今は藤井君の将棋から学ぶしかありません
――棋聖戦では1勝3敗で奪取はなりませんでしたが、その翌年に中村太地王座に挑戦し、3勝2敗で初のタイトルを獲得されました。
斎藤 王座戦の時には、電王戦の時の気持ちを取り戻すというか、勝ちにこだわっていました。指す将棋も“自分の好きな形”ではなく、“勝率の高い戦型”を意識しました。
――その王座戦では、挑戦者決定トーナメントの準決勝で藤井聡太七段(当時)と当たった対局も注目を集めました。
斎藤 藤井君はあの時点で、誰もが認める実力者でした。こちらは胸を借りるつもりで、特に気負いはなかったですね。年齢差は感じますけど、トップクラスの一人で、負けてもおかしくない。特別視していなかったのがよかったと思います。
――藤井二冠と初めて盤を挟まれたのは?
斎藤 藤井君が三段に上がった直後に練習将棋を10局ほど指しています。彼は間違いなくプロになると思ったので、自分から申し込み、四段になる直前までやっていました。その時から感じていることですが、藤井君は一局一局ごとの経験値の上り幅が大きく、そこが他の棋士とは違う気がします。こればっかりは真似しようとしても無理なので、今は藤井君の将棋から学ぶしかありません。
――若いとその分だけ吸収力はありそうとも考えられますが、10年前の斎藤八段と比較されるといかがですか?
斎藤 やっぱり違うと思いますね。例えば一局一局への思いなど。彼には将棋に勝っても満足するという気持ちがなさそうです。自分は当時、勝ったら喜ぶだけでその将棋を検討していませんでした。10年前の自分に教えたいですね(笑)。
タイトル奪取、失冠……何事も経験ですよね
――タイトルを奪取して、感じたことは?
斎藤 それまでの経験を活かしての奪取と思うので、ここまでやってきたことが生きたという喜びがありました。
――タイトルホルダーになったんだ、と実感されたのはどんな時でしたか。
斎藤 やっぱり、席次が変わったことですね。「この方相手に上座に座るのか」と。振り返ってみると、タイトルを持っていた頃は浮足立っていたと思います。地に足がついていないというか、あとは棋譜が残ることにプレッシャーを感じ、タイトルホルダーらしい将棋というものを追求し過ぎていました。
――王座のタイトルは、残念ながらその翌年に失冠となりました。タイトル失冠を自身の後退と考える棋士もいます。
斎藤 何事も経験ですよね。さっき言ったように、当時は気負い過ぎというか、肩ひじを張っていた感があるので、この状態じゃ仕方がないという割り切った思いもありました。ですが、失冠の2日後(順位戦B級1組、山崎隆之八段戦)にいい内容で将棋を勝てて、将棋の質は落ちておらず、自分は精神的にタフだなと思いましたね。