デビュー以来、一貫してオリジナル作品を手がけてきた西川美和監督。2月11日公開の『すばらしき世界』では、初めて佐木隆三のノンフィクション小説「身分帳」の映画化に挑んだ。出所した元殺人犯が、社会に馴染もうと足掻く日々を、丹念に追いかける。純粋で心優しいが、直情径行な三上を演じるのは役所広司。西川監督は役所が主演したドラマ「実録犯罪史シリーズ/恐怖の24時間/連続殺人鬼西口彰の最期」(91)を高校生の時に見て、衝撃を受けたという。佐木隆三の代表作「復讐するは我にあり」と同じ事件の映像化だった。
「実直で良識ある大人の役柄のイメージが強いですが、『役所さんは危険な役こそ輝く!』と密かに思い続けていたんです(笑)。ご本人は原作の人物は、しゃらくさくて好きになれないとも仰ってました。過去に悪事を犯した立場にもかかわらず、減らず口で反省してるのかどうかも怪しい。そんな舌触りの悪い人間でも、役所さんにまかせれば、きっと観客の心を掴んでくれるように演じてくださると」
今までも『夢売るふたり』の結婚詐欺など、犯罪に手を染める人々を描いてきた。
「罪を犯した人は私たちと何が違うのかなということへの関心が若い頃からあって、ボタンの掛け違いでそちら側に行ってしまう人を、これまでも描いてきました。佐木さんの小説の多くはもっと大きな犯罪がモチーフになってはいますが、犯罪者の、ごく普通の日常的なことまで細かく取材されていて、書き手の姿勢として魅了されました。『身分帳』で一番新鮮だったのは、なぜ事件を起こしたのかよりも、事件の後の生活を描いたところ。犯罪者のやり直しの日々というのは、ドラマになりづらい。でもそこを辛抱強く描いたことが新鮮で、私にはダイヤモンドの原石のように見えて、やってみたいなと思ったんですね」
「身分帳」とは刑務所での個人記録を指すが、映画のタイトルにはかなり悩んだ。
「この本がこのまま墓に眠ってしまったらダメなんじゃないかなっていう一心で始めたので、『身分帳』というタイトルには私自身、執着があったんです。ただ映画として発信するには、大多数が中身を想像しやすいものに、という意見も多く、タイトル会議が重ねられる中で、『すばらしき世界』という、両義的な意味を持つ言葉をふと思いついたんです。世界には、人の温かさに救われる部分もたくさんあるけれど、生き抜く価値があるのかなと思うくらいの残酷さと冷たさにも満ちている。私たちが必死にしがみついているこの世界とは一体何なのか、という問いかけになるタイトルだと思いました。いっぽうで、風呂敷を広げすぎな題名の気もして自信がないところもあったんですが、撮影中に途中まで撮ったものを見て、『とはいえ、世界は決して捨てたものではないじゃないですか』という希望も、役所さんを中心に撮れている確信が持てたんです」
『すばらしき世界』とは。その意味を噛み締めたい。
にしかわみわ/1974年、広島県生まれ。2002年、オリジナル脚本による『蛇イチゴ』で監督デビュー。『ゆれる』、『ディア・ドクター』、『夢売るふたり』、『永い言い訳』を監督。本作の制作・過程を綴ったエッセイ集「スクリーンが待っている」(小学館)が発売中。
INFORMATION
映画『すばらしき世界』
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