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選手ではなく“人”を育てる…ビジャレアルの育成コーチが「戦術指導」をやめた厳しい現実とは

『教えないスキル ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術』より #1

2021/02/14
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スペインで最も堅実な育成機関と評されるビジャレアルの下部組織

 日本からスペインに来て16年が過ぎた2008年。私がバレンシアCFから、指導者として移ったクラブがビジャレアルCFです。バレンシア州カステジョン県ビジャレアル市という人口5万人ほどの小さなまちが本拠地ではありながら、19-20シーズンのリーガ・エスパニョーラ(スペインリーグ)で5位と健闘しました。

 ビジャレアルのカンテラ(育成組織)は、欧州及びスペインで最も堅実な育成機関と評されています。19年11月招集のスペイン代表には、全クラブ最多の4選手が選ばれました。

 加えて、世代別代表チームの全カテゴリーに選手を送り込んでいるのは、ビジャレアルとバルセロナだけ。19シーズンはトップチーム25選手のうち11名もがカンテラ出身だった時期もあり、「ラ・リーガのホームグロウン率ナンバーワン」という評価をいただくこともあります。

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 このビジャレアルへの移籍1年目。私はU19(19歳以下)のコーチングスタッフに加わりました。そのころ出会ったコーチのひとりは、選手として輝かしい実績をもって指導者になった人でした。

 しかし、その後彼はクラブを去ります。選手時代の収入とコーチとしての収入は「0(ゼロ)」がいくつか違います。急激な生活レベルの変化に対応するのは容易ではなかったと思います。

 一度だけ彼から連絡をもらい会いましたが、一指導者でしかない私は話を聴くだけで彼には何もしてあげられませんでした。

引退後5年で6割が自己破産

 次に彼のことを知ったのは、彼が亡くなったというニュースでした。

 以来、私はずっと自分を責めています。

「自分の対応は正しかったのだろうか?」

「何かできることがあったのではないか」

「私は、本当に彼を助けたいと思っていたのだろうか」

 その後、私は世界のあちらこちらで元選手が引退後のキャリア形成に苦しんでいることを知ります。

©iStock.com

 元NBA(全米プロバスケットボールリーグ)選手の約60%が、現役を退いて5年以内に自己破産するそうです。2008年と少し古いデータではありますがNBA選手協会が調べたものです。

 フットボール界はといえば、元イングランドのプレミアリーグ選手の60%が引退後5年以内に自己破産していました。これはフットボールの元プロ選手を支援する慈善団体Xプロが13年に発表した調査結果です。

 この当時で平均週給3万ポンド(約420万円)を稼いでいた選手たちの一部のことながら、引退後、税金の未払いや投資の失敗、ギャンブル、離婚の際の慰謝料などで出費が膨らみ、破産にいたったのだそうです。日本でも高年俸のプロ野球選手が、怪しい投資や不動産の損益で経済破綻したニュースを耳にしたことがあります。