スペインで最も堅実な育成機関と評されるビジャレアルの下部組織では、フットボーラーではなく、“人”を育てる指導方法へと育成の舵を切った。しかし、コーチスタッフたちはこれまで主に戦術の指導に専心してきたスペシャリストばかり。新たな思考・指導を身につける困難さは想像に易い。

 それでは、ビジャレアルのコーチ陣はどのようにして自らの指導法を変えていったのだろう。ここでは、ビジャレアルで指導者を務めてきた佐伯夕利子氏の著書『教えないスキル ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術』(小学館)を引用し、その具体的な方法を紹介する。(全2回の2回目/前編 を読む)

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「君たちはどんな選手を育てたいの?」

「ポジショナルプレーや4-3-3といったサッカーの戦術や技術的なことを、君たちはもう熟知しているはずだ。お腹いっぱいだろう。この話は卒業しよう」

 指導改革をリードするメソッドダイレクターのセルヒオ・ナバーロにこう言われた日から、私たちのメソッドプロジェクトが始まりました。

 トップチームを除く3歳児クラスからU23までの18カテゴリーと、女子や知的障がい者チームのコーチ、約120人で行いました。

 彼を中心に、クラブに所属する心理学の専門スタッフ(以下、メンタルコーチ)とでチームをつくり、指導者の価値観の再構築とマインドセットに取り組みました。

 日本でメンタルコーチといえば、選手をケアするのが仕事と思われがちですが、本来は監督、コーチなど指導者のサポートも行います。

 最初のミーティング。

 何しろ私たちにとって初めての経験なので、何をどうすればいいのか皆目見当がつきません。完全に「受けの構え」で彼らの前に立っていました。

「ビジャレアルがどういう選手を育てていくのだと、あなたは決めているのですか?」

 メソッドプロジェクトの責任者として、私たちは彼に尋ねました。

©iStock.com

 指導者としてスペイン以外の欧州の国々を渡り歩き帰国したばかりのナバーロへのリスペクトも、当然ありました。

 すると、彼は温和な笑みをたたえながら口を開きました。

「いやいや。あなたたちはどういう選手を育てたいのですか?」

 私たちは全員、きょとんとしてしまいました。

 なぜなら私たちは、彼にこんなことを言われるだろうと予測していました。

「ビジャレアルは4-4-2で全チームを統一します、トップチームのプレースタイルに倣って、ツートップはこういうタイプの選手にします」

 例えばそういうことを一方的にどーんとインプットされ、それに沿って私たちがチームをつくっていく。そんなイメージしか持ち合わせていませんでした。