ヤンさんが狙っていたのは通帳、小切手、手形、さらに金庫のダイヤル番号でした。経理業務をするうえで、必ず金庫の周りにカギもしくはダイヤル番号が隠されていることを、私たちは知っています。
残念ながらカギもダイヤル番号も見つけられませんでしたが、この会社にとっても不運がありました。それはこの金庫の錠前がピンタンブラー錠の中でもアンチピック仕様ではない、簡単に開けられるタイプだったことです。
私がピッキングを開始してわずか1分程で、錠前にかけたテンション(ピッキングツール)から手応えを感じました。ヤンさんにOKのサインを送ると、彼はニコっと笑ってそばに寄ってきました。金庫を開き、物色を始めました。
残高1億円以上の通帳から、どうやって金を引き出すか
金庫を物色するときに欠かせないのはダイヤル番号を解析することです。これがわからないと金庫を締めることができず、犯行が発覚しやすくなります。
金庫扉の内側の板を外してダイヤルを覗き込むとすぐにわかったので、携帯電話のメモ帳に控えました。慎重に作業を続け、30分もかかってやっと現場から出ることができました。
盗み出したのは合計3冊の通帳と何枚かの書類です。
通帳の残高は1つが1億円以上、残り2つは2000万円未満でした。
書類は銀行で預金を払い戻すときに提出する払戻請求書です。口座名義人のゴム印を押しであるものと、押していないものをそれぞれ数枚盗みました。
また、そのゴム印をただ押してあるだけのメモ1枚も確保しました。これがあれば簡単にゴム印を複製できます。本来、銀行印さえあっていれば預金は引き出せますが、この会社はゴム印を常用しているように思えたので、銀行から不審がられるのを警戒してのことです。
ピッキングで金庫、机、そして出入口の錠を施錠して、残業上がりの従業員のように堂々と正門から表に出ました。東京へ戻る道中、40代の男性Sさんと30代の女性Kさんに預金の引き出しを依頼しました。
翌日には「犯行が発覚したか現場に戻って確認」
翌日、午前8時に出社があると見越して、午前7時30分に我々3人は再びその会社へ行きました。犯行が発覚したのかを確認するためです。会社の前は静かで、パトカーの姿もなかったので安心しました。
その後、合流したSさんにさっそくA銀行に行ってもらい、口座Aから500万円を引き出してもらいました。銀行印はみつからなかったので、偽造したものを使うことになりましたが、若い女性行員は目だけで確認し、真贋を疑うよりも仕事を迅速に処理することに気をとられ、とてもスピーディーに現金をさし出してくれたそうです。
これで気をよくした私たちは、Sさんに別の支店で口座Bから800万円を引き出してもらいます。そうこうするうちにKさんが到着したので、会社員に扮して口座Cから1000万円を引き出してもらいました。