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モテないと「格好がつかない」、元妻に未練…最後の出演作で長瀬智也が醸す“男の悲哀”

「俺の家の話」が話題

2021/02/19
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あっさり明かされた戸田恵梨香の正体

『俺の家の話』が狙う射程はもっと広かったのだ。たとえば、さくらの正体は第2、3話で早々に明かされる。さらに寿三郎とさくらの恋愛関係が嘘であることも、すでに家族の共通認識となる。つまり、さくらの謎は、『俺の家の話』においてはまだ序盤の物語でしかなかったのだ。

戸田恵梨香 ©getty

 そして続く第4話では、寿三郎の一番弟子・寿限無(桐谷健太)が、実は寿三郎の息子――寿一とは腹違いの兄弟だったことが明らかになる。

 ここで冒頭に挙げた、「あ、これ『カラマーゾフの兄弟』だ」という感想が出てくることになる。

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 ドストエフスキーが著したロシアの古典的文学『カラマーゾフの兄弟』は、父と3人兄弟の葛藤を描いた物語である。考えてみれば、長男ドミートリイが父フョ―ドルと対立している点、そして父の恋人・グルーシェンカが問題の発端となる点、そして腹違いの兄弟スメルジャコフがいたと判明する点。『俺の家の話』は、どこからどう見ても『カラマーゾフの兄弟』である。というか『カラマーゾフの兄弟』は、19世紀ロシアを舞台にした「俺の家の話」だ。

 しかし、だとすると21世紀日本を舞台にしたドラマ『俺の家の話』は、ただの介護ドラマではない。

『カラマーゾフの兄弟』は、人間の「間違い」を巡る物語だからである。

『カラマーゾフの兄弟』も冒頭では魔性の美人・グルーシェンカをめぐる親子喧嘩の話に見せかけるのだが、物語が進むにつれ、父も、3兄弟も、それぞれ間違いを犯し、その間違いといかに向き合うかが焦点になる。そしてそのなかで彼らの欲望や、男性としての見栄を、これでもかと読者に突き付けるのだ。

男らしくしないと、と人生の最期まで思っている悲哀

『俺の家の話』もまた、父・寿三郎の「男性としての見栄」にスポットライトを当てる。

寿一の父親役・西田敏行 ©文藝春秋

 人間国宝として尊敬され、能楽師として成功をおさめた寿三郎。しかし人生の最期を迎えるにあたって「自分の風呂敷の畳み方がわからない」のだと、さくらに伝える。

 威厳ある父親であることや、異性として求められる男性であることをアイデンティティにしてきた。しかしそれらがなくなった自分は、どうやって生きていたらいいのか。分からない寿三郎は、若く美しいさくらに「あなたが私のことを好きじゃないのは知っているけれど、婚約者ってことにしておいてほしい」と頼む。「じゃないと落とし前がつかないから」。

 寿三郎は、異性に求められる自分でいなければ恰好がつかないと感じている。男らしくしないといけない、と人生の最期まで思っている。その姿に、男性の悲哀と呪いを感じてしまう視聴者は多いだろう。