メーガン妃につきまとう「冷たい女」のイメージ
とはいえ、「年上、バツイチ、黒人系」のため、王室入りにはハードルがあると指摘された割には、メーガン妃はスムーズに王室の生活に溶け込んだように見えた。その言動も優等生そのものであり、結婚当初はイギリスメディアの受け止め方も好意的だった。
その一方で、メーガン妃を巡ってはある評価がつきまとっている。それは「過去を切り捨てる冷たい女」だというものだ。とくに、異母姉であるサマンサ・マークルさんら親族に対するドライな対応は、私の目から見ていても普通でない印象を受ける。はたして「冷たい女」というイメージは、どうして生まれたのだろうか。
レイチェル・メーガン・マークルは、1981年8月4日、アメリカ・ロサンゼルスで生まれた。ヘンリー王子より3歳年上である。
一般的に彼女は「メーガン・マークル」として知られているが、実は「メーガン」はミドルネームである。本来なら「レイチェル・マークル」と呼ばれるところだが、本人は「メーガン・マークル」として活動している。なぜファーストネームでなくミドルネームを使っているのかは不明だ。「子供のころからメーガンと呼ばれていた」「芸能人が名前を変えるのは珍しいことではない」などと説明している記事もあるが、ちゃんとした答えになっていない。
王室のルールでは、結婚後はキャサリン妃のようにファーストネームで呼ばれる。そのため正式には「レイチェル妃」が正しいのだが、異例なことに「メーガン妃」となった。よほど「メーガン」という名前に愛着があるのだろう。ちなみに彼女がドラマ「SUITS」で演じていたキャラクターはレイチェル・ゼイン。まさかの同一ファーストネームであった。
メーガン妃の父親はトーマス・マークルさん。アイルランドとオランダにルーツを持つアメリカ人である。母親はアフリカ系アメリカ人のドリア・ラグランドさんだ。
2人が出会った時、トーマスさんは人気テレビドラマのスタジオで照明ディレクターをしており、ドリアさんはそのスタジオに臨時で雇われていた。当時トーマスさんは最初の妻のロズリンさんと離婚しており、息子のトーマス・ジュニアと娘のサマンサがいた。のちにメディアを騒がせることとなる、メーガン妃の異母兄と異母姉である。
トーマスさんとドリアさんは恋に落ち、1979年に結婚。その2年後にメーガン妃が生まれた。