文春オンライン

2021/02/26

被告人は元特捜検察のエース

 筆者は、2020年2月17日の初公判からこの日の判決まで、コロナ禍による中断をはさんで全8回の公判の一部始終を傍聴した。

 石川は知る人ぞ知る元特捜検察のエースである。1965年検事任官。76年のロッキード事件の捜査で特捜検事として頭角を現し、東京地検特捜部副部長時代の86年には、ロッキード事件以来10年ぶりの政治家訴追となる撚糸工連事件を摘発。特捜部長時代の90年には、バブル崩壊後の大型経済事件の走りとなる仕手グループ「光進」による相場操縦事件を摘発。仕手戦に便乗して株取引で儲けた稲村利幸衆院議員(当時)の脱税事件、住友銀行(当時)行員らの浮き貸し事件などを掘り起こした。

ロッキード事件初公判。入廷する田中角栄 ©️文藝春秋

 特捜部が摘発した金丸信元自民党副総裁の5億円闇献金事件の罰金処理が「甘すぎる」と特捜部に批判が集中した93年、最高検検事だった石川は、旧知の国税幹部が持ち込んだ金丸の蓄財資料をもとに脱税で捜査するよう最高検首脳を説得。特捜部の金丸逮捕を演出した。

 不良債権処理をめぐる大蔵省(現財務省)の金融失政に批判が集まっていた98年、東京地検検事正として金融機関の接待漬けになっていた大蔵官僚を収賄容疑で摘発する捜査を指揮したが、捜査方針をめぐり法務省幹部らと対立。99年、事実上、中央から追放される形で福岡高検検事長に転出。2001年に名古屋高検検事長で退官。弁護士を開業し、経済事件の被告人の弁護、複数の上場企業の監査役、社外役員として存在感を示してきた。

 その石川が、晩年に交通死亡事故を起こして刑事被告人となり、無罪を主張して法廷で古巣の検察と戦うこととなった。検察権力に関心を持つ筆者としては外せない取材だった。

「警察+トヨタ」との対決

 事故で家族を失ったご遺族への不謹慎を承知でいうと、裁判の争点も興味深かった。検察側が、事故車に搭載されたEDRの記録などをもとに「石川が運転操作を誤った」とするのに対し、石川側は「車に不具合があり勝手に暴走した。(石川の)過失はなかった」と主張していた。石川が無罪になれば、トヨタの技術の粋を凝らしたレクサスに何らかの不具合があったことになり、トヨタのブランドは大きく傷つく。

 EDRは、エアバッグの展開状況を事後的に検証する目的で自動車メーカーやエアバッグサプライヤーが製造し、車に設置している。データの記録方法や記録項目、その正確性などについて国土交通省などの中立機関が認証したものではない。

 警視庁は、トヨタから解析機材を借りて事故車のEDRからデータを抽出し、それをもとに交通事故捜査経験が長くデータ処理の訓練を受けた警察官が「鑑定書」を作成。検察はアクセルペダル裏についた圧痕とこの「鑑定書」を「踏み間違い」と判断する根拠としていた。

 石川がもし無罪になれば、警視庁とトヨタの関係にも焦点が当たる可能性があった。

 裁判は、かつて「特捜検察のエース」である事件捜査のプロと、日本ナンバーワンの巨大企業、警察との闘いでもあったのだ。

※写真はイメージ ©️iStock.com

 のちに触れるが、筆者は、石川本人や弁護団が、事故を鑑定した警視庁の警察官やその補助をしたトヨタ社員らを法廷で厳しく問い詰める「現場」を目撃することになった。