再現実験では、足はアクセルに届かなかった?
納得がいかない石川は、東京地検に対し、事故時の運転体勢を再現する実況見分を要請。同地検は翌19年1月24日、警視庁を指揮して東京都交通局都営バス品川自動車営業所港南支所でシート位置などを事故車と同じにした同型車を使って再現見分を行った。
石川によると、両手でハンドルを握ることは可能だったが、左足はどうやってもアクセルペダルにもブレーキペダルにも届かなかったという。
「事故車の座席位置に座った瞬間、事故前に座席を後ろに下げ少し背もたれも倒していたことを思い出した。前傾して運転する癖があり、停車して時間があると、いつも、リラックスするためにそうしていた」
石川によると、警視庁側は、足の届かない場面を含めて写真を撮影。「事実が固まった」として引き上げようとしたところ、捜査員が追いかけてきて再度、石川に乗車を求め、普通の座席位置で写真を撮ったという。
その後、警視庁は19年2月8日、事故現場で防犯カメラなどの映像をもとにシート位置を事故時と同じにセットした車に石川と身長、体重が同じ警官を乗せて、事故時の石川の運転体勢の再現見分を行い、左足でアクセルペダルを踏むことができた、とする見分結果をまとめた。しかし、この再現見分を含め、捜査段階で右足をドアに挟んだ状態での再現見分は行われなかった。
石川は1月24日の実況見分で撮影した「足が届いていない」ものを含む写真を判断資料にするよう検察に求めたが、警視庁は提出に応じなかったという。石川は「左足がアクセルペダルに届かない以上、車に何らかの機械的、電子的な不具合があって暴走した」と主張したが、東京地検は、「事故車には電子的・機械的な異常は認められなかった」とし、石川が左足でアクセルペダルを踏んだことが暴走の原因だとして3月22日、起訴した。
略式処分を視野に入れた検察幹部
交通事故で歩道の人を死なせると、公判請求するのが当時の検察の起訴基準だった。禁固以上の刑が言い渡されると、石川は弁護士資格を失う。
実は、検察部内では石川の起訴前に、公判請求ではなく略式命令による罰金処分の可能性についても検討していた。その場合、被害者側への慰謝を尽くし、「踏み間違い」による過失の容疑を認めたうえ、略式手続について異議がない旨を書面で明らかにする必要があった。
起訴後の19年3月25日、石川の事件の決裁ラインの検察幹部は筆者にこう語った。
「(検察に貢献した)OBを法廷に立たせたくなかった。石川さんがまだ弁護士をやりたいのなら、前科はつくが、罰金でよかった。容疑を認めれば、求略(求略式命令)の道もあった。要は、記憶の問題。パニックになっているのだから、本当は何が起きたかわからないはず。踏んだか踏まないか、曖昧なままにしておけばよかった。ところが、踏んだことは一切ない、と言ってしまっている。それでは罰金処理は無理だった」
この幹部の意図するところが、石川側に伝わったかどうかは定かでないが、石川は、自らの記憶に基づく事実を無視できなかった。検事、弁護士として法曹人生55年。事実認定のプロとして生きてきたプライドがあった。さらに、罰金処理を受け入れると古巣との裏取引のように見られることも危惧し、公判で白黒をつける道を選んだとみられる。(#2に続く)