昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

なぜ夏という季節は映画の普遍的なテーマであり続けるのか

映画『夏時間』――ユン・ダンビ(映画監督)

2021/02/27

source : 週刊文春

genre : エンタメ, 映画

東京藝大でふれた映画美術のつくりかた

――オクジュの祖父が住む家は、本当に素晴らしいロケーションでした。特に階段にある扉の開閉や、庭からベランダに吹き上げられる水といった、高低差を利用した演出に感動しました。脚本にもともとあれらのシーンが書かれていて、それに合う条件の家を探していったのでしょうか。

ユン・ダンビ シナリオを書いていたときは、それほど具体的に決めてはいなかったですね。あの家は1970~80年代に韓国で流行った木造の建築様式ですが、そういうタイプの家があればいいな、くらいの気持ちで。見た人がノスタルジーを感じられる家というのが重要でした。

©2019 ONU FILM, ALL RIGHTS RESERVED

 以前、東京藝大の大学院に一週間だけ授業を聴講しにいったのですが、そこで是枝裕和監督の『誰も知らない』『歩いても 歩いても』で美術監督を務めた磯見俊裕さんとお話しすることができました。授業のあと、中華料理屋で食事をしながら先生に映画美術について尋ねたところ、「もしこの食堂の風景を一からつくりこめ、と言われたら私にもできないでしょう。ここには店主の方がつくりあげた個性が染み込んでいて、それを再現することはとてもできない。個性は人がつくれるものではない。その人の人生が滲み出た空間と出会うことが一番重要です」と教えてくれました。これは、今回の映画製作において非常に影響を受けた助言でした。『夏時間』を撮るあいだ、私たちはこの偶然出会った家の個性を壊さないよう、もともとあるものを最大限に活かす、という方向で撮影を進めていきました。

 映画製作には大きく分けて二つの方法がある。すべてをコントロールしたうえで撮影する方法。もう一つは、現実にあるものや偶然性を活かして製作する方法です。私は今回、後者を選びました。階段を活用したシーンなどは、家を見つけた後に追加した部分です。またおじいさんの畑についても、シナリオでは荒れ果てた状態を想定していましたが、実際の畑で緑が豊かに実っている様子を見てそのまま使うことにしました。そのほうがおじいさんの人間性をうまく見せられると思ったからです。夜にオクジュたちが葡萄を食べながら大事な会話をするシーンも、もともとあの畑に生えていたのを見て取り入れました。