昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「頑張った息子に、ママのところに来なさい、という思い」“キス強要”の橋本聖子新会長の素顔

2021/02/26

「父が問題を理解するのは年齢的に難しい」。森喜朗の長女は雑誌社の取材にこのように述べた(NEWSポストセブン2021年2月12日)。

 ここでいう問題とは、森がおこなったJOCの臨時評議会での40分におよぶ挨拶のなかでの、「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかる」「(組織委員会にも女性はいるが)みんなわきまえておられる」といった発言が抱える問題を指す。

 しかし森が理解できずにいたのは、それだけではなかった。

 くだんの発言によって東京五輪組織委員会の会長を辞するにあたり、森は後継の会長を川淵三郎でいくと勝手に決め、自宅に招いて就任を要請してしまう。川淵は川淵で「(森が泣いたと聞き)僕ももらい泣きしちゃって」「森さんの期待に沿うべく、しっかりベストを尽くしたい」「森さんを相談役に」とあけっぴろげに報道陣に喋る始末であった。

 引き際をわきまえることなく、自分の影響力をいかにして残すかを腐心する。あるいは狭いインナーサークルの中で権力をたらい回しにする。当世の政治の風刺漫画のような出来事であった。森はこうしたことを悪意なく、ナチュラルに繰り広げた。

 これにはもう一人の「娘」、橋本聖子も森は問題を理解できずにいると思ったであろう。週刊文春(2月25日号)によると、橋本は「川淵会長」誕生を「ひっくり返さないとダメだ」と水面下で動いていたという。

橋本聖子東京五輪・パラリンピック組織委員会会長 ©AFLO

 橋本の政界入りのきっかけが森の仕切った参院選であったことから、森は「私の娘」、橋本は「父」だと公言してきた。そんな橋本でも、この禅譲は認め難かったのである。

 ところが、橋本にとってはこれが仇となる。自分が会長になってしまったことで、「キス強要」問題を再燃させることになるからだ。

「頑張った息子に、ママのところに来なさい、という思い」

 事の起こりは、2014年のソチ五輪(森の失言で振り返れば「あの子は大事な時には必ず転ぶ」の大会)の閉会式後の打ち上げパーティーでのこと。日本選手団の団長であった橋本が、フィギュアスケートの選手に執拗にキスをする。

 その模様を捉えた写真が週刊文春に掲載(2014年8月28日号)されると「強制した事実はありません」、はたまた「頑張った息子に、ママのところに来なさい、という思い」での行為だと釈明する(週刊文春2021年2月25日号)。後者の意味はよくわからないのだが、いずれにせよ、この行為は社会的にはセクハラに当たるだろう。

 この件があるがために橋本は、党の参院会長になるなど着々と政治キャリアを積みながらも、政権からの入閣の要請を拒み続けなければならなくなる(週刊新潮2019年9月19日号)。