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全日空機ハイジャック機長刺殺事件

 世にいう「全日空機ハイジャック機長刺殺事件」がそれだった。

 ひとりの男が、包丁だけで乗客乗員517名を乗せた羽田発新千歳行きのジャンボ機をハイジャック。操縦室内に機長と二人きりになると、いきなり包丁で操縦中の機長を殺害してしまうのだった。

©iStock.com

 それまで日本のハイジャック事件で死刑になった例はなかった。それは、ハイジャック事件で犠牲者がでたことがなかったからだ。その後、世界中を震撼させた米国同時多発テロ事件があっただけに、意外に思えるかもしれないが、日本国内におけるハイジャック事件で死者がでたのは、あとにもさきにも、この時がはじめてだった。単にハイジャックだけでは航空機強取として死刑にはならないものの、そこに死者がでたとなれば、たちまち死刑に相当する事犯である。だから、これが本邦初のハイジャックによる死刑がでる可能性の高い事件だったのだ。

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 ところが、この事件を複雑にさせた要因が、ハイジャック犯の精神科への通院、治療歴にあった。事件直前にも、医師の診療を受けていた。それまでにも、過去に2人の医師の診察を受けていた。

 しかも、この犯人は、犯行直前までパソコンの航空機操縦シミュレーションゲームにのめり込み、それだけで操縦が可能と思い込み、機長と二人きりになったのも、自らジャンボ機を操縦したいという願いを果たすためだった。

「レインボーブリッジを潜りたい」などと供述したと報道された事件だった。

 その一方で、ハイジャック犯Nは、一橋大学を卒業していた。いわゆる受験エリートの道を歩んできた高学歴者だった。それも、犯行に用いた包丁の機内持ち込みは、当時の羽田空港の警備上の不備をついた用意周到なものだった。空港の管理会社には、その警備上の不備を事前に指摘したものの、何の改善策も取られなかったことから、自演してみせることで自分の問題提起の正しさを証明して見せたのだ。

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青沼 陽一郎

文藝春秋

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