1999年7月、日本を震撼させた全日空機ハイジャック機長刺殺事件が起きた。犯人の精神鑑定を行うにつれて、ある薬の存在が浮かび上がってきた。
裁判を傍聴したジャーナリスト・青沼陽一郎氏の著書『私が見た21の死刑判決』(文春新書)から一部を抜粋して紹介する。(全2回中の2回目。前編を読む)
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そうかと思うと、念願だった航空機の操縦には、機長のアドバイスが必要だと二人きりになったはずなのに、何の前触れもなくその相手に斬り付けている。ハイジャック犯が、ひとりで操縦桿を握って517名を乗せたジャンボ機が墜落の危機に直面したとき、乗り合わせていた別の機長操縦士と追い出されていた副操縦士が操縦室に押し込み、犯人を取り押さえて航空機を奪還。羽田に引き返すことができたのだった。
「用意周到な犯行計画」と「あまりに短絡的な犯行態様」
このあたりの複雑な事件経過やその後の裁判の詳細については、拙著『裁判員Xの悲劇 最後に裁かれるのは誰か』に収録してあるので、詳しく知りたければ、是非そちらをお読みいただきたいが、ここでどうしても合理的に説明ができなかったのが、被告人の中に同居する用意周到な計画的犯行の一面と、あまりに短絡的な犯行態様の相反する部分だった。
このハイジャック犯を犯行直前まで診療していた専門科医は、当時の彼の病状を極度のうつと診断していた。ところが、犯行後に証人として呼び出された法廷の場では、統合失調症であると証言。むしろ、こんな犯行を犯したことで、その病状が証明できたとまで言ってのけたのだ。
かつては「精神分裂病」と称された統合失調症による心神喪失もしくは心神耗弱ともなれば、刑事責任能力が問えなくなり、無罪もしくは減刑の対象となる。
では、そんな状態の人間が、たったひとりでジャンボ機を一機まんまと奪ってしまうことができるだろうか。それも、空港警備の盲点を突いた上での犯行である。
このハイジャック犯については逮捕後、鑑定留置の措置がとられ、簡易鑑定が実施されている。その結果、「人格異常」は認められるものの、「精神疾患」とまでは言えず、刑事責任能力は問える、と判断された。それを受けて起訴され、裁判となった次第だ。