90年代、万能の「ハッピードラッグ」ともてはやされた抗うつ薬がある。80年代にアメリカで開発されて急速に普及。日本でも多くの服用者がいた。しかし、この薬には思わぬ副作用があった――。
ジャーナリスト・青沼陽一郎氏の著書『私が見た21の死刑判決』(文春新書)から一部を抜粋して紹介する。(全2回中の1回目。後編を読む)
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2009年5月21日からはじまった裁判員制度によって、否応なく一般人が刑事裁判に参加していくことになった。死刑についても、一般生活者に判断が委ねられる。いうなれば、死刑というものが、普段の生活においても、ぐっと近くなる。
ここからは、死刑とこれを取り巻く生活環境、社会環境について話を触れてみたい。
まずは、薬の話から──。
万能の「ハッピードラッグ」
「SSRI(選択的セロトニン再取込み阻害薬)」という薬がある。商品名を『パキシル』『ルボックス』として、日本でも売られている。
これが、万能薬として紹介されたのが、90年代のことだった。それこそ、NHKの特集番組や朝日新聞でも大きく取り上げられている。
いまや、日本の服用者数は100万人を超すとされる。
そもそもこの薬の特徴は、それまでの「三環系」と呼ばれた抗うつ剤に較べて、副作用が少なく、効果が異様に優れていたことにある。それまでの抗うつ剤といえば、口の渇きや立ちくらみ、動悸、手の痺れ、尿が出難い、便秘などの副作用がついてまわった。しかし、SSRIならば、そんな身体的苦痛を伴う副作用がまず見られなかった。そこで、80年代にアメリカで開発され、発売されるや急速に普及していく。
それも、単に重症の「うつ」ばかりでなく、アメリカのビジネスマンの二人に一人はなるという、軽度のうつや自信のなさ、性格の暗さに格別の効果があるとされ、「マイナス思考をプラス思考に確実に変えられる薬」としてもてはやされた。
その効果は強迫観念や強迫行為、過食症、社会恐怖、パニック症候群、それに心的外傷後ストレス症候群(PTSD)にも好転が見られるばかりか、食欲抑制の痩せ薬としても、更には男性の早漏にも効くとまでされ、万能の「ハッピードラッグ」としての文化的側面を背負うまでになった。
しかも、動物実験の報告によれば、猿の群れの一匹に『プロザック』(SSRIの一種)を与えると、その猿がボスになってしまい、別の猿に与えると、今度はその猿がボスになりかわってしまったという。