海が好きな息子
2017年12月、木田家は3人になった。年が明けてから生まれる予定だったが、生き急ぎがちの両親に似たのか、ひと月ほど早い出産であった。決まり文句のように言われがちな「母子ともに健康」ということのありがたさを、身をもって知った。
息子の誕生日は、父の命日の前日であった。人生で最も辛かった日の前日が、必ず祝福の日となることは、私にとって大きな救いである。
不思議と息子は、海が好きである。大きな音は怖がるのに、波の音には引き寄せられていく。言葉を覚える前から、寄せては返す波を見つめ、歓喜の声を上げた。海沿いをドライブすれば、降りると言って聞かない。
相馬の原釜尾浜、青森の鯵ヶ沢、山形の西浜……。東北のいろんな海を歩いたが、彼がとびきり好きなのは、いわきの薄磯である。
いわきに行けば、夏でも冬でも、少しの時間があれば薄磯に立ち寄る。遠浅の白い砂浜と透けるような青の海は、福島で最も美しいと言われている。遠くには塩屋埼灯台を望み、いわきを代表する観光地でもある。
失われた街の上にできつつある、新しい街
薄磯は、8.5mの津波が押し寄せ、ほぼすべてが流された街である。122人が亡くなった。その後、途方もない高さの防潮堤が整備された。失われた街の上に防災緑地が造成され、新しい街ができつつある。
かつて、この海が大きく姿を変え、人や街を奪ったことを、彼はいつか知るだろう。それもまた、生きていく上で大切なことである。
「ざぶんざぶんするから、好き」
海を愛する理由を、息子はそう説明する。原体験の中に、この美しい海が刻み込まれていることは、とても豊かなことだと思う。彼が波にさらわれないよう、手をつなぎながら、海のない町に育った私はそんなことを考えていた。