地元のタクシー運転手も「まだやってるの?」と訝しむ“限界色街”和歌山・天王新地は、コロナ禍という逆風を乗り越えることができたのか。『娼婦たちから見た日本』(角川文庫)、『青線 売春の記憶を刻む旅』(集英社文庫)の著作で知られるノンフィクション作家・八木澤高明氏が現地を歩いた。(全3回の2回目。#1#3を読む)

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消えそうな色街はコロナ禍で…

 新大阪で新幹線を降りると、和歌山行きの特急電車に乗り換えた。さらにそこから1時間ほどで和歌山駅に着いた。

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 和歌山県には緊急事態宣言が出されていないこともあり、飲食店は午後8時を過ぎても普通に営業していた。和歌山名物の和歌山ラーメンを食べたいと思い、駅近くにあるラーメン屋の暖簾をくぐったのだが、店には私以外に客はいなかった。

 新幹線、ラーメン店とコロナウイルスの流行で人が減っていることをまざまざと見せつけられた。そう考えると、不要不急の極み、この上ない濃厚接触の現場である色街は、休業もしくは、廃業していても何ら不思議ではない。

 おそらく、天王新地がどうなっているのか、ネットを検索すれば出てきたのかもしれないが、あえて何の下調べもしなかった。営業していれば、働いている女性にコロナ禍の色街について聞いてみたかったし、もし廃業していれば、夢の跡となった街の姿をこの目にやきつけたいと思っていたからだ。

著者が訪ねた天王新地のお店の内部 ©八木澤高明

「天王なんて20年ぶりに聞いたな」

 宿でひと息入れてから、午後10時をまわった頃に駅前の乗り場でタクシーを拾い天王新地へと向かうことにした。

「まだやっとんのかなぁ。やってないかもしれんな。天王なんて20年ぶりに聞いたな」

 私が行き先を告げると運転手さんは、驚いたような口調で言った。地元の出身で、個人タクシーの運転手をしているが、大げさではなく、数十年客にその行き先を告げられたことはなかったという。

「1年半前はやっていましたけど、まだやっていますかね?」

「ほおっ、まだやっとったの。あの細い路地いったとこだろ」

 運転手さんは営業していたことにさらに驚いたようだった。

©八木澤高明

 すでに天王新地は、土地の水先案内人であるタクシー運転手からも忘れ去られた存在となっていた。ますます、私はもうやっていないんじゃないかという思いを強くした。

 二階派の秘書たちがクラスター感染を起こした、和歌山の歓楽街アロチを過ぎる。明かりが灯っていない看板が目についた。天王新地は、町外れの川べりにあるため、駅から離れるにつれて街が少しずつ暗くなっていく。

 このコロナ禍、タクシーの売り上げにも当然響いていることだろう。その話題に触れると、

「いやぁ、あかんで、いい時の1割ぐらいやな。お客さん乗せるまで、この金曜日に2時間待ちやったからな。タクシーばかりじゃなく、知り合いの飲食店でも閉めてるところばっかりや」

 見覚えのある細い路地の入口でタクシーが止まった。