「6時間で最高にお客さんがついて23人ですかね」
離婚後、英子は風俗に身を投じ、借金をひとり返しはじめた。バブル景気は弾けていたが、まだまだ和歌山の街は活気に溢れ、風俗で働けば挽回できるチャンスがあったのだ。そして、人の縁にも恵まれた。
「あるサラ金の社長がいい人でね、方々の借金をひとつにまとめてくれて、利子も以前よりは安くなったんです。サロンで働いて、最初の年は月に45万ずつ、次の年は35万ずつ払って、1年半ぐらいで返済しました。当時は忙しかったですからね。夕方の6時から夜の12時までで、月に100万以上は余裕で稼いでいました。6時間で最高にお客さんがついて23人ですかね」
「そんなに相手したら下のほうはどうなるんですか?」
「張るんよ。最後の人はもうつらくて、お金いらないからって返そうとしたんですよ。当時は粋な人が多かったから、『いいよ、もっとき』ってお金だけ置いて帰ったんですよ。それと、ささっとやって、10分もしないで帰るお客さんが多かったから、どんどんさばけたんですよ。普通に30分とか接客していたら、せいぜい10人ぐらいしか相手にできません」
「お客さんも当時は多かったんですね」
「そうですよ。腐るほどいましたね。和歌山でトップの店でしたよ。女の子も多くて在籍は15人ほどいました。日本人だけじゃなくてタイ人も働いていました」
「ベニヤ板1枚で仕切ってあるだけ。そこにお布団」
「サロンというのはどういう作りになっているんですか?」
「はっきりいえば、隣とはベニヤ板1枚で仕切ってあるだけです。そこにお布団だけ敷いてっていう感じ。真っ暗で音楽バンバンかかっているんです」
サロンとは名ばかりで、男にとっては性欲を吐き出すだけの場所にすぎなかったが、英子にとって、饐えた男の体液と香水の匂いが入り混じったその部屋は、明日を夢見る希望の部屋だったことだろう。
彼女のサロンの部屋の話を聞きながら、かつて長野県の諏訪市にあったストリップ劇場の小部屋のことを思い出した。その部屋は外国人のストリッパーたちが、客の男たちに5000円で体を売る部屋で、ビールケースの上にマットレスを敷いただけの、1畳ほどの部屋だった。私は一日の舞台が終えたあと、その部屋を見せてもらった。その時嗅いだ匂いが、英子が働いていたサロンでもしたのだろうなと思った。そして、外国人のストリッパーたちは、母国に錦を飾るため、日々男たちの相手をしていたのだった。やはり夢を叶えるための小部屋だった。