今は愛する猫とアパートで暮らす日々
身寄りはなく、今は愛する猫とアパートで暮らす日々だという。彼女はしみじみと感謝の言葉を言った。
「本当にね、ここの店に置いてもらって、ここのママに助けてもらっているんですよ。本当に有難いですね」
ちなみにこの店をやりはじめたのはママの祖母だという。戦前のことで、その頃は仲居さんがいて、天王新地には検番もあった。女性たちはこの場所ではなく旅館に行って体を売った。
「検番屋さんがスピーカーで呼び出したそうですよ。その頃はこの店の部屋は女の子が暮らした部屋だったそうです。この建物だけでも10以上部屋があって、100年以上経ってますからね。今、屋根をなおしてますけど、瓦屋さんがびっくりしてます。瓦どかしたら、木の皮が貼ってあって、木の皮を支える柱も見たこともない木を使っていたそうです。昔の人の知恵ってすごいですよね」
苦しさを客には見せずに、働き続ける彼女
改めて、この店の歴史の長さに感嘆せずにはいられなかった。部屋の壁や天井を見ていると、霊感のまったくない私ですら、目に見えぬ魂が私たちのことを見守っているのではないかという気になってきて、おこがましい話だが天王新地の一部になれたような気がするのだった。
「借金が終わって、これで自分の為に貯めようと思ったら、今回のコロナでしょう。そんでも昔よりは楽になりました。私は残すことはせんでもいいのでね。11歳と12歳の猫ぐらいしかおらんから。せめて猫より1日でも長く生きようと思っていますよ。あの子ら2匹を置いては死ねないですからね」
言葉に悲壮感はなく、むしろコロナぐらい乗り越えてやるという思いが伝わってきた。天王新地に生きる英子に幸多かれと願わずにはいられなかった。
コロナ禍という未曾有の危機の中、風俗業界の人々は大変な思いをしているんだろうなという先入観をこの場所に来るまで持っていた。確かに、客足が減るなど苦労は絶えない。
ほんの短い間であったが、コロナ以上の苦労を重ねてきた彼女の話を聞き、むしろ元気付けられたのは私の方だった。休業補償など、行政からの金銭的な支援など無縁の場所である天王新地には、かつて公界と呼ばれ、世の中から縁を切られた者たちが集い、助け合った色街の伝統が残っているような気がした。それゆえに彼女は、苦しさを客である私には見せずに、働き続けることができるのではないか。
コロナ禍の世相は日本に残された天王新地という最後のアジールを浮き彫りにしたのだった。日本社会が失いつつある本物の公助がこの街にはあるように思えてならなかった。
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