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『売り出し』期にギリギリ大学卒業の意味

 日本の芸能界のシステムは通常、女優の18歳から26歳の8年間を徹底的に『売り出し』にかける。『旬の女優』という言い回しはその象徴だろう。

 10代で注目されトップ女優たちはその8年間を燃え尽きるように活動し、そして多くが次の世代の若手女優に席を譲る。土屋太鳳ももちろん、18歳から26歳の間に多くの作品に出演した。そのために大学に通う時間は削られ、在籍が伸びる結果にもなった。

 だがそれは、芸能界が女優に1分1秒でも多くのアウトプットを求めるこの年齢期間の半分を、土屋太鳳と彼女の周囲のスタッフたちがインプット、つまり将来のための蓄積に割いてきたということでもある。今年、ギリギリでの卒業に成功したのは、緊急事態宣言による芸能活動の減少という思わぬ事態が、リモート授業も含めて学ぶ機会を増やした面もあるのかもしれない。

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 だがたとえ卒業に失敗して除籍になっていたとしても、土屋太鳳がこの8年でインプットしたものに変わりはない。卒業報告の前日、ファンクラブ限定で行われた配信イベントの中で、土屋太鳳は映画撮影の場で世阿弥の「離見の見」を体感するような瞬間があった、と語っていた。

 土屋太鳳が世阿弥について学んだのが日本女子体育大学の舞踊科なのか、それとも女優として活動する作品の現場なのかはわからない。だがいずれにせよ、彼女はこの8年で多くを学び、強い基礎を作ったのだ。

 大器晩成という言葉を、若くしてトップ女優の1人に数えられ、朝ドラの主演もすでにつとめた土屋太鳳に使うのはいささか奇妙かもしれない。だが土屋太鳳を見ていていつも思うのは、この女優のピークはまだまだ先、30代40代にあるのではないか、今見ている土屋太鳳はまだ大器の素地、雛鳥なのではないかということである。

笑顔がはじける土屋太鳳 ©AFLO

逃げ場のない場面で真価を発揮する女優

 土屋太鳳は、作品が重ければ重いほどその力を発揮するタイプの女優だ。佐藤健とW主演をつとめた『8年越しの花嫁 奇跡の実話』は彼女の代表作の一つだろう。そこで彼女は、抗NMDA受容体脳炎に倒れ、重い後遺症を負う恋人を演じた。

 それは美しい死を描く恋愛映画ではなく、苦い生を描く人生の映画だった。脳の病は体に麻痺を残し、人格や記憶すらも破壊する。美を失い、愛を忘れ、それでも残った生を握りしめるように再び歩き始める2人を佐藤健と土屋太鳳は演じ、映画は高い評価と多くの観客動員を得た。

 それはタイトルの通り、実在の2人の男女の人生を綴った原作を、『菊とギロチン』の瀬々敬久監督、『彼女たちの時代』の岡田惠和の脚本で映画化した作品だった。発作前に意識障害で人格が変わったように恋人を罵倒し、手術後も重い後遺症とリハビリに苦しむ土屋太鳳の演技は、今見返しても人気の若手女優が何もそこまでと息を呑むほど壮絶でリアルなものだ。

 だが、実際にそうした苦しみの上に書かれた原作があり、映画が彼らの目にも触れる以上、甘く軽いものには出来ないという決意があったのだろう。佐藤健も土屋太鳳に応えるように、スターの輝きを消した重く苦い演技で物語を受け止めている。土屋太鳳はそういう重い作品、逃げ場のない場面で真価を発揮する女優だ。