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菅首相自身が感じ始めた限界

 ただ総理大臣の立場になってもそれを続けるのは、国家のリーダーとして国民を導くという役割を放棄しているようにも思える。政治家は職業公務員とは違い、「国民に仕える」のみならず「国民の代表」として公務員を使う側でもあるのだ。いくら時代が変わっても、多くの国民はなんの指針もなしに向かうべき方向を自ら決められるほど強くも成熟もしておらず、国民の代表である政治家に大きなビジョンとそのビジョンに基づいて国民を導くリーダーシップを求めていることは否定できない。

 菅首相自身も政権を担当して4ヶ月間の支持率下落(62%→37%)を目前にしてそれを自覚し始めているのか、2021年1月18日の施政方針演説では以下のように述べている。

「未来への希望を切り拓くため、長年の課題について、この四か月間で答えを出してきました。皆さんに我が国の将来の絵姿を具体的に示しながら、スピード感を持って実現してまいります。

 一人ひとりが力を最大限発揮し、互いに支え、助け合える、「安心」と「希望」に満ちた社会を実現します」

 ついに菅首相が長年避けてきた「我が国の将来の絵姿を具体的に示す」という「ビジョン」に関する言葉が加わったのである。2月に入ってからは会見にプロンプターを用いるなどの変化も見られた。もしかして今一番「東大話法」と「やってる感」に特徴づけられる日本の政治に限界を感じているのは菅首相自身なのかもしれない。

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政治家に求められる「ビジョン」と「強さ」

 コロナ禍という未曾有の危機の中で「政治家の言葉」がなおさら注目される背景には、国民の弱さとそれに伴う不安があるのだろう。SNS上ではドイツ首相のメルケル氏、イギリスのエリザベス女王ら、各国指導者の心を打つ演説が共有されている。これらの国、地域では必ずしも新型コロナ対策が上手くいっているわけではないが、こうした演説は高く評価されている。

©️iStock.com

 過去を振り返れば日本国民は繰り返し政治家の語る「ビジョン」と見せかけの「強さ」に引きつけられ、その度に結果が出ずに裏切られ、政治に失望してきた。もはや日本の将来に希望を持っている国民は少数派である。各種調査では日本人の6割程度が日本の将来に悲観している。その結果誕生した総理大臣がビジョンを語らず粛々と世論調査を見ながら目前の課題の実行だけに努める「菅義偉」というビジョンなき政治家であったわけだが、それでもやっぱり国民は将来に対する不安を抱えきれず、どこかで政治家に「ビジョン」と「強さ」を求めてしまっている。そしてそのことに実務型で未来を語ってこなかった首相自身も悩んでいる、そういう矛盾に国民としてどう向きあい、これからの政治に何を期待するのか、ということこそが本書で問いたかったことである。

【前編を読む】発言の徹底分析でわかった「仮説には答えられない」に秘められた菅義偉の“自意識”