マルチ商法という言葉を耳にして、あなたはどのようなイメージを抱くだろう。「いかがわしい」「稼げるわけない」「失敗して在庫や借金を抱える」「友人を失う」……。そのようなネガティブな印象を持っている人が多いのではないだろうか。しかし、マルチ商法そのものは、合法なビジネスのあり方の一つで、悪意を持って使われる呼称でもない。
とはいえ、“悪質な”マルチ商法によって、不幸な目に遭う人がいることもまた一つの事実だ。『妻がマルチ商法にハマって家庭崩壊した僕の話。』(ポプラ社)の著者、ズュータン氏も、“悪質な”マルチ商法による被害に遭った一人。ここでは同書を引用し、妻がマルチ商法にハマり、家庭崩壊へとつながっていく際のエピソードを紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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マルチ商法に染められていく我が家
妻がマルチ商法の製品を愛用していることに不安を覚えながらも、新築の家に引っ越した。新しい家に引っ越せば妻も良い方向に変わってくれるのではないか、X社もやめてくれるのではないかという期待があった。だが現実は逆だった。製品がひっきりなしに届き、そのうち娘が宅配業者の人の物真似をするまでになった。家のなかはX社製品で溢れかえった。僕と妻と娘と3人で布団を並べて寝ていたが、寝室に置かれた空気清浄機の音が我慢できず、僕は寝室を別にした。
つきあいはじめた頃に妻とふたりで選んで買ったフライパンは、僕の知らないあいだに捨てられていた。「X社の鍋セットや調理器具があれば、他のものは必要ない。X社の鍋で魚も焼けるし、ご飯も炊ける。温めることもできる。X社の鍋は他社製品と違って栄養も逃がさない」。そう主張する妻は、電子レンジも電磁波が危ないからと捨てようとした。僕が使うからと懇願して捨てられずにすんだが、台所に電子レンジがあることが憎くてしょうがないようだった。
身体がX社でできているかのような感覚
炊飯器も「ご飯はX社の鍋で炊けるからいらない」と捨てようとした。新築の家には魚を焼くグリルも備え付けられていたが、妻はX社の鍋で焼くことにこだわった。X社の鍋なら魚の栄養が逃げないからと。しかしX社の鍋は魚を焼くのに適していなかった。いつも皮が鍋底にひっつき、身も崩れてしまう。僕はカリッときれいに焼いた魚が食べたかった。
もともと料理が苦手な妻に代わって、土日は僕が料理をしていた。フライパンを捨てられ、しかたなくX社の鍋で料理をしていたが、「X社の鍋は強火で使うと鍋が壊れるから」などと細かく使い方を言われるうちに僕は料理をしなくなってしまった。娘が好きな餃子やハンバーグを作ってあげることもなくなった。妻は平泉さん(編集部注:妻をX社に勧誘した人物)の家で行われる料理教室で覚えた料理を振る舞うが、どれもおいしくなかった。調理器具も調味料もX社のものだったからX社の味しかしなかった。だけどおいしくないとは言えなかった。「おいしいね。がんばってるね」と嘘をつくしかなかった。
そうやって僕の家庭はX社一色になっていった。もう僕の身体はX社でできている……、そんな感覚に陥っていた。