娘は妻から口止めされていた
僕の仕事が休みの日、妻は携帯を見て何か考え込むようになっていた。やがて一日中携帯の通知音が鳴るようになった。「なんでこんなに携帯が鳴るんだろう? 不倫でもしてるのかな?」と思いはじめた。その覚悟もしていた。あえて指摘することはしなかったが、食事中も娘と3人でいるときも携帯の通知が鳴り、そのたびに返信している妻にイライラが募った。「せめて通知音を切っておいて」とお願いした。
その頃、妻は平泉さん以上に徹子さんの話をよくするようになっていた。徹子さんも平泉さんと同じように、地域の民生委員をしている。とても素敵で元気で、60代には見えない尊敬できる女性だと。妻の話からは、平泉さんも徹子さんを尊敬していて、X社仲間のなかでも徹子さんのほうが平泉さんより上の指導的立場にあり、X社仲間のなかで教祖のような存在であることが窺えた。しだいに僕は、妻の変化には徹子さんが大きく関わっているのではないかと考えるようになった。徹子さんとは何者なのだろう? しかし徹子さんのことには触れてはいけない空気があった。
ある日、娘と散歩をしていたときに無意識に「徹子さんって知ってる?」と聞いてしまった。娘は「ん?」というおどけた顔をした。口に両手を当てて「徹子さんのことは話さないよ~」という態度を取った。娘は何か知っているけど口止めされていると感じた。僕が「徹子さんのことを教えてほしいな~」とお願いすると、娘は「徹子さんは白い門の家に住んでいる」とあっさり話しはじめた。よく妻と自転車で通っていると徹子さんの家までの道のりを教えてくれた。「よく通っているってどういうことだ?」と思った。娘から妻が徹子さんや平泉さんの家によく行っていること。そこでX社の話をいつもしていることを聞いた。そこではじめて、僕は妻が徹子さんや平泉さんの家に頻繁に通っていることに気づいた。それまでは、せいぜい月に一度ぐらい、平泉さんの家の料理教室に行っているとしか思っていなかった。それが週に何度も通っていると。