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娘は娘なりに違和感を覚えていた

 それからボロボロと娘はX社のことを話しはじめた。昔からの仲の良い友人エリリン(仮名)にX社を熱心に勧めたけど断られたことを妻は悲しんでいたということ。「パパにもX社をしてほしかったけど、パパだめだったんだよね~」と娘がポツリとつぶやいた。「X社のことどう思う?」と聞いてみた。娘は「ん~、よくわからないんだよね~」と下を向いて言った。娘は娘なりにX社に違和感を覚えていたのだろう。はじめて僕は妻が勧誘していたことを知った。ママ友や幼稚園のお母さんたちに変な目で見られていたのはX社の勧誘をしていたことが原因だったと、すべての違和感の点がつながってきた。

(※写真はイメージ)©️iStock.com

 娘は「幼稚園の〇〇ちゃんのお母さんがうちに来て、X社をやめたほうがいいよって一生懸命言ってくれてたんだけど……」と話しはじめた。「そのときママは? なんて言ってた?」と聞いてみた。「ママはね。X社の製品はすごいんだよ! X社いいよ~って言ってたよ。そしたら〇〇ちゃんのお母さんがどうしてX社の製品がそんなにいいの? ほかの会社の製品でもいいんじゃないの? もうやめたほうがいいよ! って言ったんだけど、ママはね、でもX社がいいの~って言うんだよ」と。それを聞いて僕は、ただただ悲しかった。

「洗脳されてる?」

 製品を買っているだけで、誰かに勧めることはしていない。てっきりそう思い込んでいたが、僕がそうであってほしいと信じたかっただけなのかもしれない。妻が読んでいる本も、スピリチュアルや怪しい健康本以外に、情報商材の本が増えていった。「わたしもビジネスをしたい」と妻が頻繁に言うようになった。「だからってこういう本はちょっと……」とたしなめると、「こういうふうに稼いでいる人を批判する人がいるけど、何が悪いのかわからない」と真顔になる。

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 僕はビジネスをしたいという妻を応援したかったので、主婦がビジネスをはじめるのに役に立ちそうな、できるだけしっかりした本を選んで渡したが、妻はさらっと目を通しただけで興味を持たなかった。このとき、妻の考えているビジネスとは何か、そして何をしていたのか、気づいてあげられなかったことが悔やまれる。

(※写真はイメージ)©️iStock.com

 相変わらず、家のなかのX社製品は増え続けていた。妻の携帯の通知は鳴り続け、妻はその返信にいそしんでいた。家事がおろそかになっていった。冷蔵庫には、腐った食べものが目に付くようになった。僕のことはもちろん、娘のことも気に掛けなくなり、何か心ここにあらず、明らかにX社や、僕にはわからない何かに心をとらわれていた。口をついて出るのは、徹子さんへの強い憧れや、「トンデモ」な話題ばかりだった。X社をはじめて約2年が経ち、サプリやプロテインやエナジードリンクばかりを飲み、妻はがりがりに痩せてしまった。まるで別人のようだったが、平泉さんや徹子さんには「X社をはじめてからきれいになった」と言われると喜んでいた。そう話すときの妻は高揚した笑顔だったが、目は死んでいた。