昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

40億円が行方知れず…捜査局に“裏金工作”の全貌を解明させなかった水谷建設の“防御システム”とは

『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』より #18

2021/04/05

source : 文春文庫

genre : ニュース, 社会, 政治, 経済, 読書

 一般には知られていない中堅ゼネコンの社長にもかかわらず、永田町では知らぬ者のいない有名人だった男が、2020年12月17日に帰らぬ人となった。その男の名前は水谷功。小沢一郎事務所の腹心に次々と有罪判決が下された「陸山会事件」をはじめ、数々の“政治とカネ”問題の中心にいた平成の政商だ。

 彼はいったいどのようにして、それほどまでの地位を築き上げたのか。ノンフィクション作家、森功氏の著書『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』より、芸能界でも幅を利かせていた男の知られざる正体に迫る。(全2回の2回目/前編を読む)

◇◇◇

脱税捜査の壁

「10億ぐらい裏金つくったんやけど、東京地検では4億5千万円しか見つからなんだから儲けた、と、あれ、喜んでたよ。もともと水谷会長に佐川を紹介したのは、俺やでね。佐川は、俺が25年も使うとったから、長い付き合いなんや。だから、よう知っとる。その(裏)金は、ほとんど水谷へバックする分やでね」

 明け透けに話すのは、北陸地方にある水谷建設の下請け土木業者だ。繰り返すまでもなく、「佐川」とは、東京地検特捜部が水谷建設の裏金づくりを担っていたと睨んで捜査をしてきた重機貿易業者「大阪トレーディング」の社長だ。裏金づくりに加担してきた重機ブローカーの一人である。水谷功と佐川の付き合いは、さほど長くはない。が、重要な場面で登場する。

 折しも小沢一郎事務所の秘書へ裏金を運んだ時期にあたる04年当時、佐川弘良は水谷建設グループから重機の海外取引を請け負っていた。それだけに特捜部がマークしてきた人物だ。東京地検は国税当局と連動し、水谷功の脱税捜査を進めた。佐川はその過程で国税局から査察を受け、所得隠しが判明する。くだんの土木業者によれば、実際は10億円ほどの裏金をプールしてきたらしいが、捜査当局からはその半分ほどしか認定されなかったという。水谷建設の資金操作は、予想以上に底が深く、実態が見えづらい。

裏金は何に使われていたのか

 水谷建設に限らず、建設業界の裏金づくりには、さまざまなやり方がある。巷間、工事の水増し発注による捻出はよく聞かれる。ただし、裏金のスケールという意味では、水谷建設のような中古重機取引による資金操作のほうがより大きいかもしれない。

©iStock.com

 国税当局や東京地検の調べによって判明した40億円近い所得隠しのかなりの部分が、海外の重機取引によってため込んだものだろう。しかし、実のところは、それよりもっと多いと見て間違いない。

 これまでそんな裏金化した所得の多くは、水谷功本人の遊興費や暴力団筋に流れたとされてきた。たとえば水谷が逮捕された当時の06年8月23日付産経新聞では、〈水谷建設裏金 2大暴力団に流出〉と題して、次のように書いている。

 関係者によると、15(2003)年8月期に計上した架空の貸倒損失約12億円のうち、約2億円が山口組系組長に融資名目で支出されていたことが新たに判明した。この組長は先代の5代目山口組組長の側近とされ、水谷被告が国内最大の暴力団中枢と関係が深かったことをうかがわせる。

 また、同期に福島県いわき市内の土地仮装取引で捻出した裏金の使途不明分約5億円のうち、約3億円が住吉会系組幹部に渡っていた。残り2億円は、水谷被告が韓国でのバカラ賭博や個人的な借金返済などに充てていたことが明らかになっている。