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40億円が行方知れず…捜査局に“裏金工作”の全貌を解明させなかった水谷建設の“防御システム”とは

『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』より #18

2021/04/05

source : 文春文庫

genre : ニュース, 社会, 政治, 経済, 読書

架空取引手形の専門業者

 そんな架空取引の手形を販売する便利な専門業者があるという。通称「紙屋」とされる業者であり、その紙屋が売る手形を「ポン手」と呼ぶそうだ。ポン手とはポンコツ手形の略称だ、と当該の水谷建設グループ担当者が解説してくれた。

「要するに、紙屋からポン手を買って架空の手形を集めたわけです。ポン手は、振り出した日から3カ月後くらいの支払い期日が設定されています。もとは額面も何もない白紙の手形で、手形交換所に回してその期日が来れば、自動的に不渡りになる。見た目にはふつうの約束手形と変わらないから、国税当局も見逃すケースが多いのです。しかし、このときはうっかりしていました」

見破られた偽装工作

 そのポン手の工作を任された責任者が、水谷建設経理担当重役の中村重幸だ。手形は日本全国の零細建設業者が振り出したような体裁を整えていた。通常、この種の偽装手形は、振出人である会社の社長をホームレス名義などにして足取りを悟られないようにする。そこまではよかった。ところが、水谷建設ではこれらの手形に貼る印紙を地元の三重県桑名市の郵便局で購入していた。そこから、あっさり偽装だと見破られてしまう。

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「通常の税務調査なら、不渡りになり取引所から戻ってきた手形については、損金で落とせる。その先は調べません。しかし、全国で振り出されているはずの手形で、そこに貼られた印紙が、ぜんぶ桑名の郵便局発行だった。これだと怪しすぎるでしょ。おまけに中村さんは、それらの経理処理について、自分のメモに書いて残していた。そのメモまで、東京地検に押収されてしまったのですから、どうしようもなかった」

写真はイメージです ©iStock.com

 担当者が臍をかむ。そうして東京地検特捜部は、手形の振出人になっていたホームレスまで探し当てたという。

「その捜査検事が前田(恒彦)検事でした。『こんな紙(手形)が手に入るのは、お前しかいねえんだーっ』と功会長たちは怒鳴りつけられたそうです。特捜部がポン手の振出人のところまで次々と裏をとりにいったらしい。振出人の一人は福井県の山奥に住んでいたと聞かされました。そこまで捜しだしたのです。地検は国税局とともに徹底的に調べあげていました。振出人のもう一人は、隅田川沿いのブルーテントで寝ているホームレスだったそうです。そこまで調べてきてるのだから、お手上げでした」

 前田検事とは、大阪地検特捜部から東京地検の特捜部に抜擢され、水谷事件を担当したエース検事だ。厚労省元局長の村木厚子事件で証拠品のフロッピーディスク(FD)の更新記録を改竄してしまい、法務検察の威信を揺るがせた張本人として、のちに顰蹙を買う。もっとも水谷建設事件では、別人のような目覚ましい働きをしたようだ。