「生理があるうちは一人前になれない」という考え方
新谷のように強い信念をもって拒否できるアスリートはまだいい。だが、多くの選手は競技や会社への影響を考えて、声をあげることをためらうだろう。
「駅伝メンバーに入れてもらえないかもしれない。練習メニューを組んでもらえなくなるかもしれない。そう思ったら、選手は従わざるを得ない。実際私も『新谷は態度が悪いから評価を下げてくれ』と会社に報告されていました。成績ではなく、体重を測らないからという理由で…。そして、そのうち感覚が麻痺してくる」
無理な減量を続ければ、当然生理は止まる。本来ならば医師の受診が必要な症状だが、指導者や選手によっては、無月経を良しとする風潮もあるという。
「実業団の監督は簡単に言えば、『生理がある=太っている』という認識で、『まだ生理があるのか』と他の選手に言っているのをちょくちょく聞きました。『生理があるうちは一人前になれない』という考え方は、陸上界だけでなく、スポーツ界全体にあるように感じます。生理用品をつけてトレーニングをするのはもちろん不快ですし、生理がなかったらラッキーと捉える選手も昔はたくさんいました」
「誰も信頼できない」と心を閉ざすように…
そしてついに、体重や生理に対してポジティブであった新谷も、競技のために無理な減量を始めるようになる。きっかけはケガだった。
2012年のロンドン五輪、5000mと10000mの日本代表として出場した新谷は、大会後、足底腱膜炎に悩まされるようになる。
「かかとがものすごく痛かったんです。それで浅はかな考えから体重が軽くなれば、体を支えるかかとの痛みも減るのではないかと考えてしまった。体重は落ちましたが、練習もこなせていたので、だんだん『これでいいんだ』って思うようになってきて。生理も多分止まるだろうなと思っていました」
生理が来なくなった月を新谷は今でも覚えていた。25歳になった2013年2月のことだった。そこからは地獄のようだったと言う。
「今まで1度も生理が来なかったことはありませんでした。だからものすごく怖かった。肌や髪に艶がなくなっていき、いかにも不健康な見た目になりました。生理がなくなってから、誰も信頼できないと心を閉ざすようになって、なんでも1人で解決しようと抱え込み、極端に人と距離を置くようになりました。色々なことを相談していた大好きな母に対してでさえ、どうでもよくなってしまって…あのときは鬱のような状態でした」