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――あらためてお聞きしたいのですが、なぜ卒業と引退を決められたのでしょうか?

山田 僕は元気なところでやめておきたかった。これが65歳なら「まだ早いんじゃない?」と言われそうですが、75歳まで引っ張ってきましたからね。ここからの人生はすごく短い。きちっと終活しないといけないと思ったんです。大病してからじゃ、いろいろな人生の後片付けもできませんから。

――体調面での変化などはありましたか?

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山田 10年前は声も出ていたし、今も体調は問題ないですが、声のコンディションを維持するのは難しいですね。仕事をしていないときも、いつも声のことを考えています。引退したら、声の調子を気にしなくてもいいことにホッとすると思うな。

『ちびまる子ちゃん』という名前さえ知らなかった

――31年間、『ちびまる子ちゃん』をずっとやってこられましたが、どんなことが印象に残っていますか?

山田 まず、ナレーターの決まり方が印象に残ってます。『ちびまる子ちゃん』はオーディションさえ受けていないんです。いきなり番宣CMの収録に呼ばれて、10数秒のナレーションを入れて、それで終わりだと思っていました。そういう仕事もありますからね。

©深野未季/文藝春秋

 その後、1週間ぐらい経って事務所から「レギュラーです」と言われて、「あ、そう」と何の感動もなく返事したのが始まりだったんです(笑)。

――「この役を獲ってやろう!」という気持ちもなかったんですね。

山田 ぜんぜんなかった。『ちびまる子ちゃん』という名前すら知りませんでしたからね。絵を見たら汚くてね(笑)。「へー、こんなのやるんだ」と内心思いながら収録しました。

 その頃は、どんな声の仕事も自分らしく、気負わずにやろうと思っていたので、絵を見た素直な気持ちでナレーションしています。20分ぐらいで終わったんじゃないかな。

――そこからレギュラーになって。

山田 始まってみたら、やるごとにどんどん面白くなっていきました。ただ、こんなに長く続くとは誰も思っていませんでしたよ。さくら(ももこ)さんだって思っていなかったでしょう。プレッシャーもなく、本当に楽しみながらやっていましたね。

 登場人物にツッコミを入れるようなナレーションは初めてでしたが、自分の感性にぴったりだったんです。わざとらしい面白さじゃないのに、自然な感じで笑えるところが良かったですね。