1ページ目から読む
3/3ページ目
描くことが生きること
近藤亜樹の絵を前にしていると、一心不乱に創作に耽る彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
そのさまは、夏目漱石の小説のワンシーンを思い起こさせる。『夢十夜』の「第六夜」。日本史上最高峰の仏師、運慶にまつわる夢物語だ。
運慶が護国寺の山門で、仁王像を刻んでいるとの評判が立っていた。見物に出向くと、運慶が無雑作に鑿を振っている。たちまち鼻などの見事な造形が現れるのに感心していると、ひとりの男が言った。
「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋っているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだから決して間違うはずはない」
近藤亜樹の描き方も、まるで漱石が著す運慶のごとし。描くべきものはすでに画面の中に埋まっており、それを筆のストロークで探り出していくだけといった趣があるではないか。
何の因果か分からねど、彼女は生まれながらの「描くひと」なのだ。描くことは生きることであり、その手が止まることはこれまでも、これから先もないんだろう。
今展はじつは、初の作品集『ここにあるしあわせ』の刊行に合わせて開かれているもの。シュウゴアーツのほかに3箇所で展示が繰り広げられている。
春の訪れと生の歓びをもたらしてくれる近藤亜樹の絵画に、さまざまなかたちで触れてみたい。