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本拠地開幕戦は、娘が家を出る前日だった

 そうして、今年の本拠地開幕戦が行われた3月30日は、娘が家を出る前日に当たっていた。「引っ越しの準備で忙しいと思うけど、最後だから行くか」と聞いた自分に同行してくれたのは、単に野球が見たかったのか、それとも父親に多少は気を使ってくれたのか。「駿太推し」の彼女は、彼がベンチにすらいないことについて、ずっと監督を批判していたが、それもまた何時もの事だ。そうかあれからもう10年。気が付いたら、駿太も俺も崖っぶちやん。でも、そんな時間も、たぶん今日が最後。今年は延長がないから、9回が終わったら、この楽しい時間もきっちり終了だ。

 試合はまずい守備で失点したオリックスが、ソフトバンクに1対3で敗北。まあ、負け試合なんて慣れっこだけど、最後がゲッツー、しかもオリックス側がリクエストして、チャレンジ失敗という何とも締まらない終わり方。でも、あのリクエストが成功していたら、楽しい時間がほんのもう少しだけ長く続いたのかもしれない、と思うとちょっと残念だ。

 そして翌日の朝、娘は家を出て行った。去り際に彼女は言った。「お父さん、今度の街では『本拠地開幕戦』じゃなくて、『本当の開幕戦』が見れるかもしれないね」。ごめんな、オリックスの優勝も、「本当の開幕戦」も見せてやれなくて。でも今まで本当に楽しかったよ、ありがとう。とても幸せだった。もうお父さんに気を使う必要はないから、好きな試合を見て、好きに生きてくれ。そして、最後にもう一度、ありがとう。それから今日渡したお弁当代のお釣りはいつか返してくれ。そういうことは大人として大事だからな。

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 でもさ、明日からは、自分はどうやって生きていけばいいのかな。球場に行ったらどこにどうやって座ればいいんだろう。そうか、自分も全てはここからやり直しなんだ。だとすれば、自分の人生もここからが「本拠地開幕」だ。寂しいけど、とても寂しいけど、どうにか頑張ろう。オリックスにも自分にも、「残されたシーズン」はまだまだ長いんだ。駿太、京セラで待ってるぞ。俺の大事な娘の期待を裏切ったら許さないからな。

手をあげる駿太 ©文藝春秋

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