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「思いやりの気持ちなど、どうしても持てなかった」
食事は最低限の品数と内容で済ませ、好物は絶対に食べさせない。水分補給は出がらしの冷めたお茶か水道水のみで、冬でも温かい飲み物や汁物は用意しなかった。ヨタヨタ歩くのを「邪魔よ!」と言っては蹴飛ばし、物を倒したりこぼしたりすると烈火のごとく怒って叱責する。タオルやティッシュケースなどの軽品をたびたび夫へ投げつけ、「迷惑だから長生きしないで」「早く逝って」を連発し、こづく、叩く、つねる行為も日常化した。
「自分が鬼のように感じられるときもあったけど、思いやりの気持ちなど、どうしても持てなかった。それどころか、少しでも反抗的な態度を見せると、逆に火がついたようにカーッとなって、歯止めがかからなくなった」
「清々した気持ちのほうが強かった」
彼女からすれば、因果応報。夫が制裁を受けるのは当然で、「生きているうちに責め苦を負わせずに、自分のしてきた罪をわからずに死なせては、それこそ本人のためにならないとも感じていた」と話す。無論、その理屈には自分への言い訳も含むだろう。
末期に夫は肺炎で入院したが、危篤の連絡を受けても駆けつけなかった。火葬の際も「何の感慨もなかった」と話す昭代さんは、遺骨が骨壷に収められても「清々した気持ちのほうが強かった。自分が思っていたよりもずっと深く憎んでいたのだと思う」と、自身の気持ちを確かめるように何度も何度も頷いてみせた。