昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2021/04/20

genre : ニュース, 社会

現役を引退してからDVが再び悪化

 兄妹は高校卒業後、進学を機に実家を離れ、そのまま就職、結婚。両親二人きりの生活となり、加齢も伴って「『以前ほど暴れなくなった』との母の言葉に一時は安心もしていた」と言うが、穏やかでいられたのもつかの間、父親が現役を引退してからはDVが再び悪化し始める。2年前には頭と顔を殴打され、頭部の出血と鼓膜の損傷で、兄夫婦宅へ母親を一時避難させた。

「配偶者暴力相談支援センターや女性相談センターなどにも相談しましたが、本人に別離の希望がないため、手立てがなくて。兄も私も同居する気持ちも余裕もありませんし」

 苦肉の策として民生委員や地域担当の警察官らが小まめに見回ることになったが、警察官が説諭に訪れた際も「父は『養ってきたのは俺だ』『至らないから教育してやってるんだ』と相変わらずで、まったく話にならなかったとか。母は過去に失明しかけたこともあったけど、これほどの大事に至るのは初めて。老い先短くなってから、こんなことになるなんて……」と、智美さんは言葉を詰まらせた。

DVは被害者が育てる

 西日射す病室のベッドに横たわっていた母親は娘の遠路を労ねぎらい、ひとしきりの話を終えた後に「お父さん、ご飯どうするのかしら」とも言葉を続けた。髪を掴んで体を振り回され、段差へ叩きつけられるようにして放られた際、床についた右手首の骨と大腿骨を折り、このまま寝たきりになる可能性すらあるのに、だ。

 二十余年にわたり、DVや熟年離婚に携わってきた弁護士の松江仁美氏(弁護士法人「DREAM」代表)が指摘する。

「『DVは被害者が育てる』といわれます。初期の段階で被害者が毅然とした態度を取り、加害者へ公にも厳しい制裁を受けさせ、こうした暴力は許されないという事実をわからせない限り、年を取ったからといって暴力が自然にやむものではないのです。むしろ、理性や世間体を失い、感情だけが剥き出しになってブレーキの利かない状態となり、よりエスカレートすることすらあります。

 そもそも人間はそれなりに大きな動物です。多少老いたとしても一人の成人男性が理性を失ったときの暴れ方は凄まじく、大人2~3人でも止められないこともしばしばあります。DVは弱者しか相手にしない卑劣な行為ですが、さらに悪いことに、面倒くさい話し合いより『一発殴って黙らせた』という味をしめさせると、他の解決の手段を取らなくなって果てしなく暴力が続いてしまうのです」

夫婦間だけでは決して事態改善に至らない

 対する妻側も、夫の経済力と引き換えに長年、暴力に耐えてきた生活から、自分が被害者であることも認識できなくなる。

 高齢者福祉に従事する保健師が打ち明ける。

「長い年月、暴力に晒されていると感覚が麻痺してしまい、“正義”や“正常”といった基準がわからなくなってきます。一種の『洗脳』に近い感覚に支配されているため、高齢女性が自ら第三者機関へ通報、連絡をしたり、自発的に行動を起こすことはありません。また、何十年も両者の関係が継続されていることで、自分たちだけでは、これまでと違った行動や客観的な考えに及べない。何らかのきっかけで第三者が介入して風穴を開け、そこから両者を分離させるなどの方法を講じない限り、夫婦間だけでは決して事態改善に至らないのです。このため、公に把握されている件数の少なくとも数倍は実数があるとみられています」