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2021/04/20

genre : ニュース, 社会

別居を提案しても「今さら、そんなことできない」

 智美さんは母親に改めて離婚や別居の意思を質したが、「今さら、そんなことできないわよ。もう年だし、お金がないと生活もできないし。いいの、いいのよ」を繰り返すばかり。「お父さんはああいう人だし、仕方ないじゃない」と呆けたように話す口ぶりからは、「共依存」というより、長年の暴力に対する耐性からか、事態の大きさ、深刻さを理解していないふうに映る。加えて、すでに人生を諦めたような無力感、脱力感すら漂っていた。

 母親は「お兄ちゃん(息子)の所は落ち着かなかったからイヤよ。これから、いつ家(自宅)に戻れるのかしら」と話すが、命にかかわる危険性があるため、まずは回復の状況を見て、一時的に介護老人保健施設か特別養護老人ホームへ隔離・保護されることになった。

 50年以上も連れ添った妻を自らの暴力で救急搬送させ、二度と歩けなくなるかもしれない身体にした事実をどうとらえるのか。父親に話を聞こうとしたところ、「人の家のことに口を出すな!」と一喝された。「殴られるようなことをするほうが悪い。怪我をしたのは心身の鍛錬が足りないから。妻の務めを果たさずに、迷惑しているのは私のほうだッ」と憤慨した声がインターフォン越しに聞かれるのみだった。諍いの発端は、テレビのリモコンが定位置に見当たらなかったことだというが……。

相手の死を願いながら生きるのは幸せとは言えない

 前出の松江氏が付言する。

「DVの加害者は家庭でわがままに育てられた人が多いのです。『自分は何をしても許される』という特権意識や全能感を持ち合わせているため、『やってはいけないこと』と知識ではわかっていても道徳観念としての理解はなく、事の重大さに気づける人はきわめて少ない。とくに旧世代には家制度の残滓がいびつな形で意識の中に残っていることも多く、根底には『男女平等などとんでもない』という根強い差別意識もあるのです。高齢者の離婚問題は、こういった理屈で割り切れない問題と対処せざるを得ず、解決は相当な困難を伴います。最悪の場合は『戦うより相手が死ぬのを待ったほうが早い』というような事態にも陥りかねません。

 しかし、それでは残された人生を相手への恨みだけで、相手の死を願いながら生きていくことになり、決して幸せとは言えないでしょう。人は幸せに生きた者が勝ちなのです。『死ぬまでに自分の人生を取り戻したい』という思いがあるならば、逃げ出さずに進むべきではないでしょうか」