1カ月ほど自宅で引きこもっていると、眠れない日が増え、仕事中も集中力が続かなくなっていった。結婚して故郷の東北で暮らす妹と電話で話したとき、心身の不調を伝えると、
「いつも旦那や子どもがいなかったらもっと自由な時間ができるのにと、お兄ちゃんをうらやましく思ってたの。でも、こういう不安ばかりの時代になって、家族が心の支えになっていると実感した。お兄ちゃんもそういう人を真剣に探してみたら」
とアドバイスされた。
弱っていた元気さんにはその助言が身に染みたという。交際した女性は20人以上いたものの、結婚は「いつかするもの」で常に「今はめんどくさい」と思っていた。男性ならある程度の財力があれば50歳でも60歳でも結婚できると漠然と信じていた。
「モテてきた自信があったのですね」と尋ねると、恥ずかしそうに、
「そうですね。自分は選ぶ側、女性は選ばれる側だと勝手に思っていました。実際は選ぶどころか誰もいなかったんですけど」
と苦笑いしていた。
紹介されたのは、都会では絶対に出会わないタイプの女性だった
一度だけ、約10人が参加するオンライン婚活パーティーに参加してみた。しかし、20~30代前半の女性たちと共通の話題がなかなか見つからない。最近流行しているお笑い芸人や歌などよく知らない話題になると、隠れてスマホで検索して分かったふりをした。
終わった後は、どっと疲れてしまった。
「大人数だと見栄っ張りな部分が捨てきれなくて……」と反省する元気さん。その後、高校や大学時代の同期や会社の後輩に頭を下げて、一対一で紹介してもらう作戦に切り替えた。周囲は結婚願望などなかった元気さんの変化に驚きつつ、親身になって相手を探してくれた。
何人かとオンラインで「お見合い」を続け、7月に友人の紹介で出会ったのが30代後半で、元気さんの生まれ故郷と同じ県の女性だった。今も地方都市で暮らす女性には20代の頃に離婚歴があり、ずっとその町で事務の仕事をしながら暮らしてきた。都会でボルダリングや合コンをしていたら、絶対に出会わないタイプ。紹介してくれた高校の同級生は「なんとなくお前と合いそうな気がしたから、とりあえず話してみなよ」と勧めてくれた。
ビデオ通話で話してみると、「あの店はまだあるの?」「遠足といえばあそこだよね」と地元トークで盛り上がった。何でも楽しそうに笑ってくれる女性と話していると、高校時代のようなときめきを感じた。一日の終わりに女性の声を聞くたびに、心のよりどころができたという安心感がある。「結婚に失敗をしているので、急がず話を進めたい」という女性の思いをくんで、ゆっくりと交際を進めている。
東京から地方へ、コロナで変わった価値観
「東京で仕事をしてこそ成功者だ」
元気さんは上京してから一貫してそう考えていた。コロナの流行という未曽有の事態になり、仕事や遊びに邁進していただけで、実は人生の経験値を積み上げてこなかったのではないかという疑問が心の中に生まれた。
そんなとき生まれ故郷の女性と出会い、疑問は確信に変わった。今は、地方転勤や生まれ故郷での転職も選択肢に入れている。
「この苦しい時間が自分と向き合い、答えを探す貴重な時間になった。いつかコロナが終息したときに、何かを得て成長していたい。……できたら、彼女が隣にいたらいいのですけど」
パソコンの画面越し、照れながらすがすがしい笑顔を見せた。
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