――一連の騒動を見て思ったのが、誹謗中傷を繰り返していた人たちの中で、北村先生という実在と、“さえぼう”(北村氏のツイッターアカウント名)をすごく都合よくすり替えていたのかなと。キャラクターというか、アイコンにして。自分たちは北村紗衣さんという「人間」を攻撃しているわけじゃないという、謎の論理が働いていたのではと少し思いました。
北村 たぶん芸能人のくだらないコラを作ってる人とあまり変わらない意識でやっていたんじゃないかって感じがします。
しかし最近わりとこういうことは問題視されるようになりまして、私が所属している表象文化論学会も去年ハラスメントのガイドラインができました。やっとそういう動きが軌道にのってきたのに、そこでこれかと、怒っている方は多いと思われますね。
騒動があってから、原稿をほとんど書けていない
――しかし、連日このような言葉を投げつけられていると、心がどうにかなってしまいそうですね……。
北村 私「毎日何かを書いてないと落ち着かない」と先ほど申し上げたと思うんですけど、あの中傷の最初のスクリーンショットが出てきてから、原稿をほとんど1枚も書けてなくて。
――それは……。
北村 パソコンの画面で真っ白いワードを前にしても、何も思いつかないんですね。このまま書く力が戻らなかったらどうしようと、先週は夜、泣いたりしてました。
――「さえぼうは強いから叩いても大丈夫」という、加害側からはそういうズルさも感じるんです。でも実際ハラスメント行為は、その人の心の奥側に入り込んで何かを破壊してしまう。
北村 そうですね。なんか、インスピレーションを全部奪われるというんですか。
それでちょっと思い出したのが『リチャード三世』でした。『リチャード三世』は全然良心がなくて、平気で悪いことをする。自分は全然平気だと思っているんですね。
ただ最後、決戦の前日に夢の中にかつて殺した人たちが出てくるんです。それでリチャードを呪う。リチャードは自分のことをとても強いと思っていたんですけど、やっぱりそこに弱みがあって、自分でも気づいていない弱いものが決戦の前の日に夢に出てきた。
私初めてリチャード三世に共感したんです。自分をすごく強いと思っている人でも、気づかないうちに「弱さ」はたまっていて、それが亡霊になって出てくるんだなと。そんな悪い人に共感するのはどうかという話ではありますけど(笑)。