『ダブル・ファンタジー』や『ミルク・アンド・ハニー』で性愛の極致を描いた村山由佳さん。そして、「村山由佳は私の青春」というほどに、村山さんの作品を高校生のころから愛読してきた辻村深月さん。直木賞受賞後の「危機感」や、作家の転換点など、ふたりの作家が創作への思いを徹底的に語り尽くしました。

村山由佳(右)と辻村深月が、創作への思いを徹底的に語り合った ©文藝春秋

 

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彼氏が貸してくれた1冊

辻村 ほぼ初めましてですね。パーティでご挨拶させていただいたくらいで。

村山 はい。こうやってきちんとお喋りするのは初めてです。

辻村 対談が決まって、私、ただ楽しみにしてるだけのつもりだったんですけど、昨日の夜から異様に興奮して寝られないことに気づいて。

村山 なぜ?(笑)

辻村 自分が作家になる前から読んでいたあの村山さんのご自宅に伺うという高揚感で、緊張していたんだと思います。実は、高校時代に初めてできた彼氏が唯一貸してくれた本が『おいしいコーヒーのいれ方』(1994年)で。

村山 え~、なんとまあ!

辻村 だから、いま村山さんとお話ししていると、高校時代と現在とが一瞬でつながったような、すごく不思議な感じがします。

 10代の頃って、相手が読んでいるものより自分の読んでいるものの方が優れているみたいに思う気持ちがあると思うんです。当時の彼は、私がティーンズハートとかコバルト文庫を読んでいるのを見て、「そんなのより『おいコー』読んだほうがいい」って言ってきて。

村山 マウンティングしてきたんだ。かわいい(笑)。

キスまでの距離 おいしいコーヒーのいれ方I』(村山 由佳)/高3の春、父の転勤でいとこ姉弟と同居することになった勝利は5歳年上のかれんの美しい変貌ぶりに驚く。しかも彼女は、勝利の高校の新任美術教師だった――。日本中の男子たちを熱狂させた「おいコー」シリーズの記念すべき第1巻。同シリーズは26年間、20作にわたって書き続けられ、2020年『ありふれた祈り』で完結した。

辻村 薦められて読んだらものすごく面白かったんですよ。男の子視点の恋愛小説って、男の子が女の子に対する自分の気持ちに無自覚で、読んでるこっちがもやもやしちゃうことが当時多かったんですが、『おいコー』は違った。1巻目の途中で主人公の勝利(かつとし)が「俺はかれんが好きなんだ」って気づく。さらに告白が叶ってキスまでいく展開が衝撃的で。

 彼氏に「面白かった」と言うと、(彼氏の口調で)「かれんっていいんだよ!」って。あまりにかれんを「いい、いい」って言うから、いま考えると、あの頃の私はかれんに嫉妬していた(笑)。

村山 アハハハ。

辻村 いまでも『おいコー』の表紙を見ると、当時の気持ちを思い出します。長く続いたシリーズって歴史なので、その彼氏と別れるとしばらく新刊が読めなくなったり、大人になってまた戻ってきたり……。2020年に無事に完結を見届けられた時には感動しました。心の中でひそかに「村山由佳は私の青春」と思って、その後の小説も追いかけていたので、今回、『ミルク・アンド・ハニー』(2018年)の文庫解説の依頼をいただいた時、「あ、見つかった」という気持ちになりましたね(笑)。