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読者に同族嫌悪的な気持ちを抱かせる

村山 そこに気がついてくださるのは、おそらく辻村さんの中にも似た種があるんだと思うんですよ。辻村さんの直木賞受賞作『鍵のない夢を見る』(2012年)を読ませていただいたんだけども、収録されている「芹葉大学の夢と殺人」を読んでいる間じゅう、この主人公の感情は私、確かに知っているぞと、デジャヴにも似た感じを覚えたんです。

辻村 うれしい! そんなふうに言っていただけて。

鍵のない夢を見る』(辻村 深月)/窃盗、放火、DV、誘拐などの事件を通して地方社会に暮らす女性の葛藤を浮き彫りにする傑作短編集。中でも「初めて本格的なセックスシーンを描いた」という中編「芹葉大学の夢と殺人」は必読! 第147回直木賞受賞作。

村山 この中編には、いつまでも夢を追い続ける雄大(ゆうだい)くんという大学生が出てきますよね。かたやちゃんと大学を卒業し、高校の教師になっても彼との交際を続けている主人公の未玖(みく)が、雄大くんの愚かさに呆然とする感じとか、彼のダメさを十分すぎるほどわかっていながら別れられないところとか、自分もこの気持ちは覚えがある、と胸が痛くなりました。

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 傍から見たら、未玖はヘンな男に騙されて尽くしちゃっただけの可哀想な女かもしれない。でも、実は彼女は自分のやっていることも、雄大が底の浅い男であることもちゃんと見えていて、なおかつ別れないんです。未玖の気持ちがわかる女性、結構いるんじゃないかな……。

 そしてこの雄大くんの描かれ方の秀逸さといったら! 読んでるだけでメチャメチャ苛々するんですけど、こういう男もまた確実にいる(笑)。私、この本を読んで、自分が作家としてここまで意地悪な目線を登場人物に対して持つことができているかなと――これは褒め言葉として言ってるんですけど、すごく勉強になったんですよ。

辻村 ありがとうございます。

朝が来る』(辻村 深月)/長い不妊治療の末、特別養子縁組で息子を迎えた一組の夫婦。ある日、夫婦のもとに「子どもを返してほしい」という電話がかかってくる。克明に描かれる「2人の母」の姿は、読む者の心を強く揺さぶることだろう。2020年、河瀨直美監督によって映画化された。

村山 私自身の素の性格が、できるだけ誰からも嫌われたくない、波風立てずにいい人でいたいというものだから、ついついその甘さが小説にも出て、自分が書く主人公のことも読者に好きになってほしいと思っちゃうところがある。でも、辻村さんは、ご自身と小説の主人公とのあいだに絶妙な距離をとって、読者が主人公の味方をしたいと思うような描写をなさいませんよね。どちらかというと、読む人の中にある愚かさとか傲慢さを言い当ててしまう主人公を造形し、読者に同族嫌悪的な気持ちを抱かせ、だけど、主人公から目を背けることができなくしてしまう。

 特別養子縁組を題材にされた『朝が来る』(2015年)もそうでした。中学生で赤ちゃんを産んでしまうひかりは、人生の岐路でことごとく悪い方を選び、いわば自ら進んで堕ちていく。自分に甘いところもあり、読者は彼女に同情しきれない。「しょうがなかったんだよ」「ひかりは可哀想な子なんだよ」という逃げ道を用意してあげようと思えばできるのに、あえてエクスキューズを作らず、主人公のどうしようもなさをどうしようもなさとして描く。辻村さんの描写に一切の妥協がないから、読者は納得する以外にないんですよね。

【後編に続く】村山由佳と辻村深月が打ち明けた“性愛”と“身体感覚”の書き方「行為の順序がどうとか、秘め事の部分の描写が多くて…」

(初出:「オール讀物」2021年3・4月合併号)

 

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2021年4月22日 発売