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「私の身に起きたことをもとに書いた小説なんだけど…」村山由佳と辻村深月が語り合った“性愛と小説の極致”

村山由佳×辻村深月対談 #1

source : オール讀物 2021年3月・4月号

genre : エンタメ, 読書

note

辻村 私が大好きなシーンは、大林が去ったあと、税務署から彼のせいで発生した未納分の督促通知が大量に届いて、奈津が泣き崩れるところなんですよ。また、恋愛とは別に、奈津とお父さんとの別れも描かれて、恋愛一辺倒になりそうな物語の中に家族との場面が入ってくるので、なおさら「生きていくってこういうことなんだよな」って思えたり。これから先、自分が経験するかもしれないことを先に小説で読ませてもらえた気がしたんです。

村山 ご存じのように、『ダブル・ファンタジー』も『ミルク・アンド・ハニー』も実際に私の身に起きたことをもとに書いていった小説なんですけれども、『ダブル・ファンタジー』を書き始めた時には二番目の夫になる大林なんて影も形も存在しなかったし、『ミルク・アンド・ハニー』の連載を始めた時は私の父もまだまだ元気でした。連載の先々のことも、自分の人生の転がり方も見えないまま、手探りで書いていたんです。

 どこで終わるかは、もちろんずっと考えながら連載してましたけど、ここを越えたら最終回にしよう、と思っていたタイミングで父の身に大変な出来事が起きて、「もう少し書いてみたい。そこでまた見える景色があると思う」と編集者に相談して、さらに書き進めて……。

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辻村 あれだけ先が読めないのは、現在進行形の物語だったからなんですね。

ダブル・ファンタジー』下巻(村山 由佳)

村山 最初に『ダブル・ファンタジー』の連載を始めた頃、とある先輩作家から言われたんですよ。「あなたがそういう経験をしたことは知ってるけど、もう書いちゃうの? もっと熟成させてから言葉にしないと、文学としての深まりがないんじゃないか」と。その時、反射的に思ったのは「たしかに一理あるかもしれないけれど、何年かたって、まだこの話を書きたいと思えているかどうか責任を持てないよ」って。私はいまこれを一番書きたい。このナマの感覚をいま書き留めておきたいんだ、と。いったん体の上を過ぎていってしまうと、同じ私が経験したことでも、3年後の私はこれをもう言葉にできないかもしれない。それは絶対に嫌だと思ったんです。

奈津は冷静に一線を越える

辻村 解説を書かせていただくにあたって、久しぶりに2作を再読して驚いたのは、奈津が自分自身の心の動きを正確に俯瞰して見ていることでした。恋愛している自分が正常じゃないことをしっかりわかっている。わかっていて、のめり込んでいくんですよね。奈津ってあらゆることについて一線を越えていくんですけど、それが決して闇雲でない。古いタイプのフィクションだと、奈津の行動を単に「衝動的」という言葉で形容すると思うんです。でも、奈津は、慎重にあらゆる可能性を見定め、いろんな情報を取ったうえで冷静に一線を越える。その姿が、傍からは衝動的に見えるだけなんだなとわかったんです。

 誰だって「やっちゃダメ」と思ってる時ほど慎重になるし、冷静に先を見極めた上で、それでもきっと抗えずに手を伸ばしてしまう。この恋愛の本質を言い当てられてしまうから、みんな夢中になるし、奈津の一挙手一投足から目が離せなくなるんじゃないかなと。