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「もう初期のようなものは書かないんですか?」

村山 そうやって作品の幅を広げていくと、デビューの頃から読んでくれている読者の反応はどうですか?

辻村 同年代の読者が多かったので、私と同じように年齢を重ねて、大人向けの小説も、自分のこととして読み続けてくれている感じがします。

村山 それは幸せなことですね。読者と一緒に年を取れるって最高だから。

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辻村 すごくうれしかったのが、30代半ばの頃かな、読者からいただいたお手紙に、「私は辻村さんの本を楽しく読んでいるけれど、1つだけ後悔しているのが、辻村さんと同じタイミングで結婚して、同じタイミングで出産しなかったことです」と書いてあって、驚いて。

村山 どういうことなんだろう?

辻村 結婚や出産を描いた小説を読むと「もちろん自分が経験してなくても主人公の気持ちに肉薄して読めるけれど、もし、自分が主人公と同じ苦しみを経験していたら、どれだけ深く読めただろうかと思う」と書いてくれてた。それくらい自分の人生に引きつけて、私の小説を待っていてくれる人がいるんだと思ったら、本当に幸せなことだなと。

かがみの孤城』上巻(辻村 深月)/学校での居場所をなくし閉じこもっていた中1の少女こころの眼前で、ある日、部屋の鏡が光り始めた。輝く鏡をくぐり抜けた先にあったのは「城」のような不思議な世界。そこにはこころと似た境遇の7人が集められていた。2018年本屋大賞受賞作。

村山 直木賞の後は? 次は何を書こうみたいな悩みはありました?

辻村 『鍵のない夢を見る』が、「感動して泣ける」とか「読後感が爽快」というタイプの小説ではないので、ここからキャッチーな小説を3作続けて書かなければ、と思いました(笑)。

村山 私、こういうのだけじゃないよって?(笑)

辻村 はい。読者も心配してくれて、受賞後のサイン会に来てくれた方が、「直木賞はうれしいけど、辻村さんがこういう作家だと思われないか心配で」って言ってくれたり。

村山 ありがたいねえ(笑)。

かがみの孤城』下巻(辻村 深月)

辻村 その後、初期みたいな小説を意識して書こうとして、なかなか思うようにいかない苦しみはあったかもしれません。サイン会に来てくれる読者から「もう初期のようなものは書かないんですか?」って聞かれることがすごく増えて。「書きますから、待っててくださいね」と約束して、中学生や高校生を主人公にして書いたんです。もちろんその時その時に悔いのないものを書くんですけど、デビュー直後の切実さと、いまの私の切実さとは少し異なっていて、何か違うなと思った時期がありました。

 そんな時、デビュー直後に担当してくれた編集者と久しぶりにまた仕事をすることになって、彼女が一緒に走ってくれたおかげで『かがみの孤城』(2017年)の構想ができました。あの小説は、初期作品のようでいて初期をアップデートできた手応えがあった。本屋大賞もいただけて、編集者にはとても感謝してるし、読者との約束を果たせて、一気に自由になれた感じがしました。