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村山由佳と辻村深月が打ち明けた“性愛”と“身体感覚”の書き方「行為の順序がどうとか、秘め事の部分の描写が多くて…」

村山由佳×辻村深月対談 #2

source : オール讀物 2021年3月・4月号

genre : エンタメ, 読書

note

「ブランディングとして失敗だ」と当時の旦那さんに言われて

辻村 直木賞をもらった直後って、うれしくて、世間に認められた感じもあるんですけど、次に何を書いていこうか、私も迷いました。賞にノミネートされているうちは目に見える形で注目されるし、伴走してくれる編集者の熱量もすごい。いま思うと、作家としての青春時代だったなって感じます。でも、私が次に書く小説が賞の候補になるかもしれない、という思いで1作1作仕事をしてくれた編集者も、いざ賞をもらってしまうと当然次の新人の登場を期待するようになるだろうし。賞をいくつもとられている中堅、ベテランの作家さんの新刊が出て、すごくすばらしいのに、前ほどわかりやすく注目されていないように感じて、とてもショックを受けたり……。

村山 確かにそうかもしれない。ハードルが勝手に上がってくのよね。

村山由佳さん 1964年生まれ。『ダブル・ファンタジー』が柴田錬三郎賞、中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞の3冠に輝く。新著『風よ あらしよ』で第55回吉川英治文学賞を受賞。

辻村 ああ、自分はこういうシビアな世界にいるんだなって感じることが何度かあった時、村山さんの『ダブル・ファンタジー』がすごく励みになったんです。直木賞という大きな出来事があった先で、代表作となる作品を更新し続けて書く先輩がいる、と。直木賞を受賞された後、『ダブル・ファンタジー』に辿り着くまでのお話を伺ってもいいですか?

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村山 それを語ると『ダブル・ファンタジー』の内容にリンクしちゃうんだけど、作中に出てくる省吾、つまり私の当時の旦那さんとのあいだに齟齬が生じて、ちょうど家を飛び出した時期だったんですよ。

辻村 ああ……。

村山 彼が献身的に私の日常を支えてくれ、仕事のマネジメントもしてくれたことに対して、いまでも感謝の気持ちはあるんです。一方で、やっぱり小説を書くのは私自身なわけで、いくら大切なパートナーから「こういう小説を書いて」と導かれても、自分のモチベーションが刺激されないと書けない。そのことに当時の旦那さんはなかなか気づいてくれなかったんですね。いま考えても、あの決裂がなかったら、私はずっと千葉の鴨川で田舎暮らしを続け、青春恋愛小説を書いていたか、モチベーションを見出せなくて作家をやめちゃってたと思う。

辻村 旦那さんとの行き違いの中には、青春小説の書き手であった村山さんが、大人の恋愛を書こうとすることに対する考え方の違いもあったんですか。

村山 ありましたね。ちょうど直木賞受賞後の第1作を、受賞の1年後に出したんだけれど、それが『天使の卵』の続編の『天使の梯子』(2004年)だったんです。私が最初に書いた原稿は、主人公の男子大学生とかつて憧れた女性教師との恋愛が、身体の関係から始まる――というものでした。当時の旦那さんはそれが絶対的にバツだった。結局、かなり彼の意見を容れて、第1章を丸ごと書き直したんですけれど、彼に言わせると、『おいコー』や『天使の卵』を読んできてくれた読者にとって、村山由佳は性愛を描く作家じゃないと。「ブランディングとして失敗だ」「誰もそんな作品を望んでない」とまで言われて、ものすごく激しいケンカをして。ワンワン泣いて、もう家を出ようと思い詰めたけれど、その時は結局、私の側が折れた。ただ、一生こうやって彼の意見を呑んでいかなきゃいけないのかな、私がこれから自分の書きたいものを書こうとした時、編集者に見せるよりも前にこの人を説得しないと表には出せないのかな、と思うと、目の前が真っ暗になったんです。