大金を注ぎ込むほどに「興奮度が増す」
多くの暴力団幹部は、「ギャンブルに大金を注ぎ込むことで熱くなる。興奮度が増す」と口を揃える。暴力団と同様に反社会的勢力として警察当局からマークされていた総会屋も同じような気質を持っていたが、カネをつぎ込んだ先は株だった。
かつて三菱や住友などの財閥系企業や大手証券会社、銀行などの経営陣に食い込み、スキャンダルの隠蔽などと引き換えに多額の資金を引き出していた大物総会屋が振り返る。
「バブル景気の前後のころは、株式の売り買いが博打のようなものだった。億単位での売買を繰り返していた。なかでも『信用取引』と呼ばれる売り買いでは手持ち資金の3倍まで取引できる。限度額いっぱいまで、思いっ切り相場につぎ込んだ。大儲けすることもあれば、大損もある。特に血がたぎった」
総会屋は、暴力団とは活動形態が違う反社会的勢力だったが、多くは背中に刺青を入れていたほか、不始末の責任を取って指詰めをしているなど暴力団的な気質を色濃く持っていた。
「私のバクチは半端ではなかった」
現在、警察当局の取り締まりと法規制の強化でほぼ絶滅状態となっているが、かつては総会屋との癒着をめぐる事件で、1990年代後半に野村証券や三菱グループ各社に東京地検や警視庁などによる強制捜査が繰り返され、大きな社会問題となっていた。
「最後の大物総会屋」として知られた小川薫(2009年死去)は生前、競艇に大金を注ぎ込んでいたことを明かしていた。
自らの半生をつづった著書『実録総会屋』(ぴいぷる社)で、「私のバクチは半端ではなかった」と強調。「稼いだ何十億だか、何百億だかを、公営ギャンブルを通じてそっくり国にお返ししたのだ」と勝手な理屈を述べていた。何百億円は誇張だろうが、何十億円との記述は当時の総会屋が企業から引き出していた額としてはあり得そうだ。