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連載昭和事件史

2021/04/11

当初から報道内容に違い

 午後の締め切りが過ぎ、発行された在京3紙の9日付夕刊で、このニュースはいずれも2面トップだった(当時の新聞は朝刊4ページ、夕刊2ページが基本)。しかし、内容には微妙に違いがある。朝日は――。

 日航機海上に不時着 乗組全員救助さる 浜名湖西南 米軍救助隊が出動

 9日午前7時34分、風雨の中、羽田飛行場を出発した日航定期旅客機福岡・板付行き「もく星」号は、離陸後20分で消息を絶ち、日航、海上保安庁、その他関係方面で捜査中、午後3時15分、航空庁板付分室に入った情報によれば、静岡県・浜名湖南西16キロの海上にその機体を発見。米軍巡視艇により救助が開始された。

【静岡発】午後3時40分、国警静岡県本部の発表によると、米第5空軍捜査機が浜名湖西南16キロの海上で遭難機を発見。直ちに米救助艇が急行。全員を救助した。

【静岡発】国警静岡県本部は9日午後3時50分、次のように発表した。「米軍からの情報によると、浜名湖西南16キロ(北緯34度35分、東経137度30分)の海上で、米第5空軍の捜索機が遭難機を発見。直ちに米軍救助隊が出動し、乗員と乗客を全員救助した。なお、救助の時刻、救助隊の入港する場所は目下不明である」

「全員救助」の“誤報”(朝日新聞)

 国警とは国家地方警察の略。GHQは戦前戦中の中央集権的な体制から民主化を図るため、警察制度を都市中心の自治体警察と、都市以外の国家地方警察の2本立てとしていた。朝日の記事は「下り『もく星号』乗員(・乗客)37」の中見出しを挟んで続く。

 航空庁発表(午後3時)名古屋航空保安事務所からの午後3時の報告によると、横田の米空軍基地からの通信によれば、日航機は静岡県舞阪沖、北緯34度35分、東経137度30分の地点で遭難している。目下、海上保安庁の巡視船と名古屋の空軍基地から飛行機が現場に向かっているが、付近は濃霧のため、機体を発見していない。

 航空庁発表(12時半)本日朝、羽田を出発した日航機は、機種はマーチン202型双発「もく星」で乗員(乗客)37名のほか郵便物117キロ、貨物76.9キロ、手荷物214キロ、燃料は1000キロを積んでいた。

 読売も「日航“もく星号”遭難 三鬼隆氏ら37名救助 舞阪沖で米掃海艇出動」の見出しで「午後1時55分、第4管区海上保安本部に入った無電によると、もく星号は静岡県舞阪沖で遭難していることが分かった」「3時半、日航発表=海上保安本部第4管区から羽田飛行場への通信によると、遭難日航機は、アメリカの掃海艇により全員無事救助された」と記述。「海上保安庁に入った情報によると、同機は」「尾翼のみ海面に出して浸水している」と書いている。

三鬼隆・八幡製鉄社長(「小森田一記「渡辺義介伝・三鬼隆伝」より)

紙面上は慎重だった毎日

 これに対し、毎日は少なくとも紙面上は慎重だった。

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