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「繁忙期には店の外からも注文が…」 蒲田の雑踏を見つめた老舗そば屋“最後の日々”

蒲田の昭和の味がまたひとつ消えていく

2021/04/13
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「開店前の朝4時から店に来て仕込みをして5時半に開店し、14時閉店後も16時過ぎまで片付けをしていて、店に12時間以上いるので、体力的に限界だ」とのことである。そして、「今年で創業45年ときりがいいので閉店することにした」としみじみ話してくれた。

1日12時間以上働くのはきついと女将さん

一番人気の「天ぷらそば」は300円、昭和の安さのメニューが並ぶ

「みよし庵」は1976年(昭和51年)の創業である。創業当時は、それはそれは忙しい毎日だったという。

「とにかく店は満員で、家族含め5人位で店を回していたんですけど、それでも足りないくらいだった。朝は近所のサラリーマンや日雇いの人達がやって来た。昼になると日本工学院の学生さん達がたくさん来て、店の外から注文していたほどだった」と女将さんは言う。

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 改めて、メニューを眺めてみた。「天ぷらそば」は300円と破格の安さである。「天ぷら」は80円で消費増税時でも値上げをしなかったそうだ。「かけそば」は220円、一番高い「いか天そば」でも390円である。「カレーライス」は380円。「天ぷらそば」の天ぷらは仕入品だそうだが、他のちくわ天やイカ天、いなり、カレーなどは自家製である。

昭和の安さのメニューが並ぶ
値上げをしなかった天ぷらともお別れである
いか天やちくわ天は自家製である

「みよし庵」の値段が安い秘密をきいてみると、もちろん店舗が賃貸でないという理由もあるのだが、人情そば屋という側面があったようで、なかなか面白い。

「創業当時、天ぷらそばは220円、かけそばは140円でした。常連さんとの長い付き合いがあり、昭和の繁忙期から極力値上げをしないで続けてきて、今は、生活ができるくらいのお金になればいいという流れになって、安い値段のまま時間が過ぎてしまった」そうである。ありがたいことである。

 さて、名残惜しい「みよし庵」のメニューを紹介しようと思う。

 まずは、一番人気の「天ぷらそば」。天ぷらは人参やたまねぎなどを細切りにしてコロモをつけて揚げたタイプで、ペラっとしてどんぶり一面に広がる独特のスタイルである。このチープな天ぷらがたまらない。そして、赤味のきれいなつゆをひとくち。まさに昭和の味である。そばは近隣の製麺所の細めの茹で麺である。それぞれのバランスが素晴らしい。横浜駅ジョイナス口前の「鈴一」や東神奈川駅の「日栄軒」、昔の大船駅の「大船軒」などと共通する京浜東北線沿線の味である。

ペラっとした天ぷらが特徴的な「天ぷらそば」

 次は人気の「カレーそば」(370円)。これしか食べない常連のお客さんもいるとか。いわゆる「カレーライス」のカレールーをかけそばにかけるタイプで、少しだけそばつゆが入っている。とろみのあるカレールーがそばと絡んでなかなかうまい。カレーが結構辛い。

カレーライスのルーをかけた「カレーそば」は人気メニューだ

「カレーライス」(380円)は外せないという常連も多いようだ。見た目は普通のカレーだが確かに辛い。毎朝、カレーを仕込んでいるそうで、朝は特に辛みが強いそうだ。この昭和の味の「カレーライス」はもっと食べておけばよかった。

「カレーライス」はかなり辛め